スパイ
たりぽん(大理 奔)

押し入れの奥からスパイセット
何十年も忘れていた宝物
指先から煙を出したり
会員バッチがあったり
どこがスパイなんだか

水に消える紙に
鉛筆で名前が書かれていた
小学校2年で引っ越すときに
近所の友達の田中君が書いた名前だ
顔は思い出せないけど
田んぼの畦で一緒に踏んでしまった
犬のうんこのにおいを思い出す

今思えば泣いていたなオレ
生まれたときにもオレ泣いたけど
新しい世界に進んでいくことは
どうやらかなしいことのようで
明るい場所では
言葉はすぐに消えて
顔も思い出せない

消えてしまう言葉を
失ってしまわないように書きとめる
その紙も消してしまうのがスパイだ
ちぎり取った紙片を
そっと小川に流す
紙が消えてから文字が消えていく
そう思ったのは明るすぎる
雨雲の切れ目のせいかもしれない

もう思い出すこともないだろう
田中君の痕跡を綺麗に消しても
泣かなかったと言うことは
スパイは一人前になった
もう二度と新しい世界に
生まれたりはしない



自由詩 スパイ Copyright たりぽん(大理 奔) 2008-11-28 00:49:47
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