針と糸
ヨルノテガム
数ある千手観音の手の中で一本の薄暗いそれが
私に電話番号を渡してくる
いにしえの森から現代の迷路へ
情報を揺さぶり動かすのは今も昔も恋のひらめきであった
艶かしい顔と肢体、狂気のような挙手と主張は
その指の一本と私の指の間に赤い糸を結ばせて静寂を飲み
たゆみの中に死と生の綱引きを始めようとする
私が情報の海につま先をつけ浮かび
あの細く頼りない糸を何処かの綺麗な女の片隅に
引っ掛けて、引っ掛かりますように呪文し手繰り寄せる
あるとき力強く手ごたえが日々感じられ
自身も架空の園へ入り込み女神の欠片を探し求めるに
私が降り立ったのは無人の夜の針山であった
広大な景色に私と同じような顔なき屍が倒れ消え去り、
現れ倒れ、また消滅して
鋭利な針が生温い夢を細かく刻んでその行方を
さらに緻密にさらに稚拙に捨て置き汚していた
私が「情報の海の女神」と呼んだ幻の正体は
幹に空洞の在る偉大な老木であった
私は誰からもかかって来ない携帯電話に
「もうふたりばかりの私」が語りかけてくる一言目を
注意深く待ちわびていた
秋から冬に変わる霧の朝、わたしは電話を構え
あらゆる返答を用意して
言葉を仕留める何かを振り上げる
*
私が「情報の海の女神」と呼んだ人は
「情報」を捨て
「の」を必要とせず
「海」「女」「神」の所在を消し去っていった
「傷」のようなものが残る
その人を想うとき
私は手を合わせたり手を合わさなかったりしながら
祈る対象として
点になった街の灯を無言で見守る
彼女の形骸は
幽玄であり
私たちはその幽玄加減しか愛していなかった
アニメのような人型が 夜に動き出せばいい
私は人の変化する変わり目の穴に落ちては遊び這い上がり
また落ちては遊び這い上がりして
この景色に手を振り上げている
狂気の挙手のようだ
情報の海の女神には何処かの芸術の森の中で
眠りついてほしいと願うのは 時代を知った小人たちの
逃避と再生への耕作地から芽生えた
僅かな霊感の指向であった