アラスカ〜シアトルのビールと雑誌と
鈴木もとこ
アラスカへ行こうと思った。
きっかけは、本屋でふと目にしたアウトドア雑誌のグラビアだった。
「特集アラスカ」
広い空。雪を頂いた山々。太陽に輝くカリブー達。自分の住む北海道と似たものを持って
いながら、全く違う空気が写し取られている。その写真の美しさに一瞬で魅せられていた。
その日から毎晩同じページをめくり、遠い場所に思いを馳せた。
今頃はもうオーロラが波打っているんだろうか。カリブーは移動を始めたのだろうか・・・。
本屋でアラスカが書かれた本を見つけると少しずつ手に入れ、とうとうアラスカ在住だった
写真家星野道夫のエッセイと出会う。彼のアラスカに対する優しい視線。エッセイを通して
伝わるその自然の厳しさに、雄大さに、豊かさに心が震えたのだった。
アラスカは何時の間にか私にとってとても大切な場所になっていた。そして尋ねるべき
場所となっていったのだった。
チャンスはあっけなくやって来た。
今年の勤続15周年に休みが5日間もらえるらしい。土日と合わせると一週間だ。
辺境旅行の相棒は、長年の夢である南米1人旅を決めてしまったし、自分の行きたい所は
もう1つしかなかった。「こういう時は高くても自分の行きたかった所に行ったほうがいい
んだよ」と相棒。そうかも知れない。自由気ままな1人旅も悪くないだろう。
―アラスカだ。行くしかない。
それから大車輪で我がままを聞いてくれる旅行会社を探し、手配を済ませ、笑顔で休みを
要求し、機上の人となった。
成田発シアトル乗り継ぎアンカレッジ。
アメリカでの第一歩の地シアトルでは待ち時間が5時間もあるので、空港内のスポーツ
バーで暇をつぶすことにした。ここは嬉しい事に地ビールの生が3種類も揃っているのだ。
いきつけのビアバーのマスターからは、シアトルはブリュワリーが数社あって、新鮮な地
ビールが飲めそうだと聞かされていたので、期待どおりの展開にワクワクした。
コクのあるエール(レッドフック)とスタウトを2杯ほど飲んで、大盛りチキンサラダ
を食べた。やっぱり多すぎる。アメリカ人ってどうしてこんなに食べれるんだろう。馬に
食わせるほどあるよなぁ。草食動物の気分でモッシャモッシャ食べる。
カウンターではTVの野球中継にビール片手の太ったアメリカ父さんが見入っていた。
現地チームのらしく、やけに熱心にゲームについて時々マスターと何やら言い合っている。
少し離れた場所に座っていた私は、その様子を見ながらアメリカ人の野球好きに半分呆れ
、半分面白がっていた。(まだこの頃にはイチローは渡米していなかったため、チームの
名前すら知らなかった)
ちょっとほろ酔いのいい気分で、窓の外のアメリカを眺めた。
遠い山並み。豊かな海と大きな山に囲まれた街。グランジファッションとブルース、CCR
の出身地、そしてマイクロソフト本社。アメリカ人が住みたいクリーンな都市、シアトル。
この先にはカナダがあり、そしてロシアに突き出たように続く、野生のままの大地アラスカ。
憧れて毎晩想像した場所へ行くという実感はまだない。が、そこでどんな人と出会うのか、
どんな風景を焼き付けることができるのかと思うと、自然に胸は高鳴った。
フライトまであと数時間。まだ旅は始まったばかりだ。