小川 葉

 
きのうの夜
妻とけんかしたのだ
きっと疲れていた
今日は帰りたくなかった
だから僕は家の前を通りすぎていった

同じ色の
とても小さな家が
線路沿いにつづいてる
青でもなく緑でもない外壁は
身寄りのない老人の暮らしの色として
言葉なく告げているかのようだ

踏切のところで
色は途切れていて
そこから向こうに建ちならぶ
同じ色のマンションの
同じ間取りの中で暮らしてる
家族がそこあるはずだけど
厚い壁のせいか
声が聞こえないので
外から見るそれらは
すべて同じように見えた

のどがかわいたので
ジャスコでミネラルウォーターを買う
同じような棚にならぶ
同じような水の味の違いは
本当は誰にもわからない

同じような景色を歩くうちに
僕は世界を一周したようだ
日が暮れてしまったから
夕餉の良い香りが
世界の意味を無意味にしてしまう

僕はまた家の前にいた
こんなひどい借家はどこにもなかった
それでも窓から漏れてくる
息子がはしゃぐ声と
妻の笑い声
そんな家は
この世界のどこにもなかった

僕は玄関の戸をあけた
ただいま
と言いたかった
ごめんなさい
とも言いたかった
けれども言葉だけではあらわせない
気持ちだけがいつまでも
そこに立ち尽くしたままだった
 


自由詩Copyright 小川 葉 2008-11-01 00:18:04
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