サイダーは引き戸を開けたから
KETIPA

触るとすべてを溶かしてしまうだからみんな
溶かしてしまった
触ると溶かしてしまうから
三日前に投函された手書きの手紙も封を開ける前に
アメーバのように指の間からぽたぽたと
がくりとポストに手をついてもやはりそれはポストではなくなり
触れただけで変質するあらゆるものをなんとか元に戻そうと
触れただけでやはり更に変化させてしまい
ああこの手はすべてをみんなを変質させてしまって
すごすごと溶けたドアから家にもぐりこんだ
まだ溶けていない奥の部屋の引き戸の中には
どうしてもそのままにしておきたいたくさんのものがあって
だからこの引き戸は開けられない
どうしても見たいのに見ようと触ると
溶けて見えなくなってしまう
溶けてしまったあらゆるものにかこまれて部屋の真ん中で
この手をにくんだけれども
でもこの手はこの手のままで
頭を抱えると抱えたところが徐々に溶けていく
最初から変質させるために溶かすためだけに
そして自分も最後には自分で溶けてしまうためだけに
存在しているなんて
引き戸が目に入るたびに開けたくなる
開けることがどういうことかわかってはいるものの
もうどうせならと一息に開けた
引き戸の取っ手から順番に溶けていき
中にあったそのままにしておきたかったものたちも片っ端から
少しでも触れたところから順番に溶けていき
ああこの自分の存在があらゆるものを変質させてしまうということに
はてしない恐怖と絶望をいだきながらも
今までずっと触れたかったそれらのものに
触れていくその先から今触れたものが何だったのかわからなくなってゆく
ああこれは何だったのだろう
これもこれももはやとろみのある液体になってしまい
いくつのものが溶けてまざりあってしまったのかすらわからない
こんな手がこんな手ごときが
触れたいものから順に変質させてしまう
触れたくないものはいつまでたっても目の前から溶けてゆかない
こんな手で触れただけなのに
こんな手なんてもう
自分の手をかざしてながめて
その二つの手を合わせて強く合わせた
左側の手が右側の手を溶かし
右側の手が左側の手を溶かし
痛みすらなく両方の手は
さっき自分で溶かしたものたちの中へまざりあっていく
ぽたりと最後の一滴が床の液体にまざると
右側の手も左側の手もなくなっていた
もうこれで何に触れてもそれを溶かしてしまうことはないんだ
でも今度はいったいどうやって触れればいいのだろう


自由詩 サイダーは引き戸を開けたから Copyright KETIPA 2008-10-23 23:32:08
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