駅と本
かんな

住んでいる町は田舎で
電車は一時間に一本あればよいくらいで
待合室があるのが不思議なくらいで
今日は一冊の小説を携えていて
外は雨が降っていたので
回数券を買った

駅の待合室で
携えていた小説を開く
ガラスの向こうのホームに
アイロンがかったシャツの後ろ姿
誰かの面影が通り過ぎるのを待った

ダニエル・キイスの
「アルジャーノンに花束を」
英文で読みきった唯一の本で
今日携えているのは
それだけの理由で
唯一って言葉をはらむほどには重要で
でもそれだけの重さでしかなくて
少なくとも
私の人生が変わったわけじゃない

変わることに意味はあるかと
聴かれても答えられないけれど
意味もなくみんな
何かをして
もがいているわけじゃない
しあわせなのかと聴かれれば
まあまあしあわせさと
答えるくらいの
甲斐性はみんなあるのさ

自販機で買ったコーヒーを飲み干すと
電車がゆっくりとホームに入ってきた
とっさに急いで
ほんの一瞬
人波に取り残されたように
立ちくらみを起こした
乗りもしない電車のために

小説を鞄にしまって
回数券を財布にしまう
買ったことに意味はない
なかったとしてもそこに何かを見いだすのが
たぶん人間ってもので
一枚一枚に人生の行き先を書いて
どの券が改札機を素早く通るかで
これからの人生
決めてもいいよって奴くらい
この世の中に沢山いるだろう

住んでいる町は田舎で
電車は一時間に一本あればよいくらいで
待合室があるのが不思議なくらいで
今日は一冊の小説を携えていて
外は雨が止みはじめたので
待合室を出て
わたしは歩いていく
現実に向かって
歩いていく




自由詩 駅と本 Copyright かんな 2008-09-24 20:10:04
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