こぼれて
見崎 光

水溜まりが広がってゆく
落ちて
溶けて
零れて
散った


か弱い雲が満ちてゆく
解けて
崩れて
巻かれて
弾けた


屋根が哀しい音色を拾う頃
軒では波紋が跳ね返り
窓辺をゆっくり濡らす様
くたびれた薄と
食べかけの果実
薄れゆく「昨日」は
月の満ち欠けに似ていると
追憶に酔いしれる


晩秋の名月は
遠く
霞んで
消えて
忘れた


強がりな青が深まってゆく
満ちて
乱れて
留まって
揺れた


朝露のような水の粒を
雑草は丁寧に干し
少しばかり伸びた背丈を
陽に翳し思いに更けた
締まってゆく空気と
感じてゆく呼吸
日々「昨日」が摘まれ
満潮の小波に攫われてゆくのだと
どこかで小さな声がする


楽しむだけの過去なら
零す記憶に過ぎないけれど
懐かしむ過去では
浸る記憶が好ましい
振り返るだけの過去なら
触れる記憶に過ぎないけれど
絆される過去では
滴る記憶が好ましい


移りを受け入れてゆかなければ
背負えない過去さえあるという
「昨日」を見送るために
月は欠け
「明日」を迎えるために
月は満ち
こぼれた記憶を
寄せ返す波が摘んでゆく


摂理の中を尊さが
強く
弱く
太く
細く
流れている







自由詩 こぼれて Copyright 見崎 光 2008-09-21 21:40:38
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