六つのし
小原あき

左手の
見えなくなり始めた傷
手首の辺り
親指の辺り
よく探さないと見つけられないほどの傷
もちろん痛みはない


この手を噛んだ犬は
今頃どうしているだろうか


人間に飼われる犬のために
人間の自己満足のために
実験台にされて
犠牲になった犬


八年も前のことだから
もう死んでいるかもしれない


たまに
傷が泣くんです



****



遺影の中で笑う姑
あなたがいなくて良かったのか
悪かったのか
いまだにわかりません


台所では気楽だけれど


おちおち
おとうさんを
家でひとりにしていられません
たばこ臭い部屋を
掃除しなければなりません


テレビの上に飾ってある
あなたの写真
写真立てにしているのは
おとうさん愛用の煙草


禁煙を始めたんです
まだまだ孫を見るまで死ねないって


きっと
あなたに話すためでしょうね



****



小学生の頃
トンボの産卵が見たくて


見たくて見たくて


だから


ぎゅって絞った


尻尾みたいなところ


洗面器に水張って


捕まえてきた


黄色いトンボ


なかなか生まないんだもん


ぎゅってやったら


死んだ


ごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさい


って
何回も言ったけど


許してくれなかった



****



「今月おばあちゃんの命日だって」
「どこの?」
「あなたのお母さんでしょ」
「ああ、そうだった」


「あ、今日だ」
「うそ、本当?」
「薄情な娘だね」
「そうだね」


「…自転車で行って来ようかな」
「墓参り?」
「うん」
「結構距離あるでしょ、乗っけていくよ」
「ありがとう」



****



ポチ、
と名付けたのはわたしだった


ポチ、
って呼ぶと


ポチ、
用もないのに呼ぶなって


ポチ、
ため息吐いた


ポチ、
あなたは犬なのに


ポチ、
犬じゃないみたい


ポチポチ、
ポチポチ、


出会って
死ぬまで
19年間


ずっと
呼んだ
なまえ


ポチ、
写真の中でまで
ため息吐かないでよ



****



 高価な墓石を建てるより、安くても生きてる方がすばらしい

あなたが死んだとき
この曲がずっと流れていて
なんてタイムリーなんだって
ちょっと笑えた


 負けない事、投げ出さない事、逃げ出さない事、信じ抜く事

あなたが励ましてくれていると
小学生のわたしは
信じていた


戒名が
ジッサンドウゾウ
って響きで
じいさん、どうぞ
だねってみんなで笑った


じいちゃんの話をしていると
スーパーカブの音がして
「ほらほら帰ってきた」
おばあちゃんの笑顔が定番だった


街でスーパーカブを見かけると
あの曲が流れて
乗っている人がじいちゃんに見える



****



死んでもなお、



生きているんだ









自由詩 六つのし Copyright 小原あき 2008-09-18 22:18:58
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