迷信
吉田ぐんじょう


【パンばかり食べていると外国人になる】



こぐま印のしょくパン
という名称の食パンが
近所のスーパーで売られていた
近所の小さい食品工場で
おばさんたちが手作りしているパンだった
時々
高さが揃わなかったり
味が違ったりすることがあったらしいけれど
それは手作りの醍醐味ということで
教育熱心なお父さんお母さんたちが
自らの子に
体にいいからと食べさせていた
確かに おいしそうだったのだ
わたしは しかし いくら強請っても
それを買ってもらえず
いつでもサンロイヤルとかいう名称の
包みの色が
青と赤とあったそれの青い方に
トマトやきうりをはさんでしぺしぺ食べていた

それから少しして
学校で異変が起こり始めた

友達に言葉が通じなくなってしまったのだ
遊ぼう と言っても
ホワットとか言って全然分かっていない
よく見ると目も薄青くなったみたいだ
何も見えていないような色だ
先生も原因が分からず
仕方なく
おかしくなってしまった子たちを
特別学級へ入れた
見えないところへ追いやるようにして

あとでわかったのだけど
手作りということは
作る過程で何でも混入できるということだ
食品工場のおばさんたちはみんな独身で
子供もいなかったらしい
あのおばさんたちが
何か入れたんじゃないかと思うけれど
母に言ったら叱られてしまったので
変な気持のまま サンロイヤルに
ケチャップをぶちかけて食らった


【しゃっくりを百回すると死ぬ】

妹のしゃっくりが止まらなくなった時
兄とわたしはそれを指さして笑っていた
いつまでも止まらないのでますます大きく笑ったが
ふと笑いが途切れたときに
しいんと二人で怖くなった

妹はうつぶせに倒れて
いつまでも ひっく ひっく と体を震わせている
だんだんふさふさと毛が生えて
鋭い爪がぎらりと尖り
知らない動物になっていくようだ

体の中央がきいんと冷えて
妹を残して思わず逃げた

気の済むまで走り回ってから
夕飯どきに帰宅すると
いつ帰ったものやら
妹も自分の席におさまって
ちんまりと納豆などかき回していたが
なんだか一回り大きくなったようで
声も太く低くなったようで
それはもう妹ではなかった

今でもなんだかそんな気がする
妹の家に遊びに行くと
生肉のパックばかりがゴミ箱に
血のついたまま山と積まれている


【十一月十一日に鏡に映りながら、「入りたい、入りたい」と念じると鏡の中の世界に入ってしまう
ちなみに翌年の十一月十一日に「出たい、出たい」と中から念じると元の世界に戻れる】


夜中に鏡を見ると
知らない人が映る時があった
鏡の向こうの人はわたしと同じように
こころもち右に傾いて
ぼかんと口を開けている

もしかしたら笑うだろうかと思って
知らない人が映るたびに変な顔をしたり
笑いかけたりしてみるけれど無表情なままだ
やわらかそうな瞳には何も映っていない
諦めて立ち去るのだけれど
わたしが立ち去った後もずっと
知らない人だけ鏡に残っている

また本当に時たまだけれど
鏡の中の左右反転した世界の片隅に
昔たいせつにしていたがらくたが
ぽちんと転がっているときもあった
しん、と取り残されたがらくた
なんだかかわいそうだった

あまり鏡を見つめていると父か母がやってきて
わたしをそこから引き離した
もしかしたら知っていたのかもしれないと思う
父も母もときどき鏡を
じっとのぞきこんでいるときがあったから

今では鏡をのぞいても
自分しか映ることはない
それが少しさみしいと思うこともある



※わたしの住む、茨城県に言い伝えられる迷信です。




自由詩 迷信 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-09-16 03:20:25
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