言葉が生まれる場所 魂の行方
飛鳥 彰

「言葉が生まれる場所 魂の行方」
                  


おおきく羽根をひろげて色を放射する孔雀のように
深い色合いで水をたたえている湖に
天上からこぼれおちるやわらかい光が満ちているのを
夏のたそがれ丘の上から老いた詩人と少年は見ていた

少年はありのままの姿を見透かされているのに
それでもなぜか丸ごと許されているような安らぎを感じている
老いた詩人は湖を指さしながら言った
「すべての生き物は身体と魂でできているんだ

死んで身体は消えてしまったとしても
魂は永遠にこの広い宇宙の海を旅し続けていくんだよ
ひかるひとつの星の航海者として ひとりの永遠の旅人として

だから死ぬということは魂にとってはいわゆる
窮屈な身体からの解放でもあるんだが その一方で
肉体をもって色々経験することでしか魂は成長することができない



少年よ いのちの水をたたえたこころの器が大切なように
やはり身体という実体であるこの肉体の器も大切なんだ
この星を生きていくものにとっては身体と魂は大切なんだ
どちらか一方が大切でどちらか一方はどうでもいいということではない」

少年は今朝、爺やの農場に盗人が押し入って
飼っていた鶏や羊を殺したり
盗んでいってしっまたのを思いだして言った
「鶏や羊が殺されたのを見なきゃいけない苦しさも

ぼくたちがこの身体を持っているからなんだから
だったら成長なんてしなくてもいいじゃないか」
老いた詩人はそれに対してしずかにこう答えた

「本当にきみの言う通りなんだ でも成長するってことが
魂の本質なんだから仕方がない 少年よ考えてもごらん
きびしい寒さの冬から温かい日射しの降り注ぐ春への道のりを



花が咲き木々の芽が芽吹く春になったら
T・S・エリオットが四月は残酷な季節だといったような
春の女神が幌馬車に乗ってやってきたら大地に蒔かれた種から
青い芽が出るように そしてそれが光に向かって伸びていくように

ぼくたちの魂や生き物たちの魂は成長したがっているんだよ」
少年はその話を聞きながらも自分が今生きている現実って
そんな健全さのうちにないってことをうすうす感じている
いつまで待っていても春は来ないかもしれないのだ

かつて太古の昔から満ちていたはずの光も
此処までは届かないかもしれないのだ
それでも詩人のいうようにやはり魂は成長したがっているのかな

詩人は自分が信じてこう思うということを少年に話したのだった
老いた詩人の言葉の背後には 農場や畑の世話をしたり
三度の食事をきちんととったりということをこなしてきた毎日がある



日々のささやかな営みの中から体験を通して
生まれてきた言葉には詩人の血が通っている
ほかの誰でもない詩人自身のことばなんだ
だから堅牢な建物のように揺るぎなく自信に満ちていて力強い

その強さは強烈な磁力とか引力を持ちながら 一方では
そういう自信を持ち得ずにいる少年や少年の父母の世代を焦らせる
少年は自分のからだの中から言葉を生むことが
とても難しい時代に生きていると感じている

少年や両親の世代の前に 闇が暗い谷底のように口を開けて
不気味に横たわっている 誰もがその闇を抱えて生きていかなくてはならない
その闇の中でもなお自分を見失わずに生きつづける道を少年は探っている

自分のやり方でその道を見つけようと少年は考えつづけてきた
光合成のできないような環境でも菌類は立派に生き抜いているのだ
生命は本来しなやかでしたたかなものなんだから魂は成長したがっているといえるのだ






自由詩 言葉が生まれる場所 魂の行方 Copyright 飛鳥 彰 2008-09-11 14:38:35
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