夜叉
星月冬灯


 赤いおべべを着た赤児はどこにおる

 わたしのかわいい乳呑み児は

 寒かろうと夜な夜な編んだ赤いおべべを着せた

 わたしのかわいい乳呑み児よ


 冬の山の嵐に耐え切れず

 春の小川のせせらぎを聞けず

 二度と眼を開けることをしなくなった

 わたしのかわいい児


 大丈夫

 母さんがいつまでも傍にいるから

 微笑んであげるから

 抱き締めてあげるから

 お乳を与えてあげるから

 誰もおまえを独りにはしない


 今夜も嵐の中で

 母さんが子守唄を歌ってあげる


 ねんねんころり・・・


 嗚呼、わたしのかわいい児を

 もう一度わたしの胸に返しておくれ


 山の無情と人の非情を背に受けて

 一滴の水も一粒の米も与えられず


 悪に魂を売る我が心

 わたしのかわいい乳呑み児のために

 たとえこの身は地獄にいこうとも

 業火に焼かれようとも

 許すまじか人の業


 泣いて泣いて泣き暮れて

 骨になった我が児に頬擦りする


 赤いおべべを着た赤児はどこにおる

 わたしのかわいい乳呑み児は


 あの甘え声も聞けず

 乳臭さもない

 されど我が児かわいや


 嗚呼、嵐よ

 もっと狂うがいい!

 海よ

 もっと荒れるがいい!

 そうしてわたしに力をおくれ!


 今は夜叉と成り果てた我が身

 片手に赤児を抱き

 片手に斧を持ち

 涙枯れ果てた我が身に

 今夜も新しい生き血を・・・


 嗚呼

 憎らしや

 嗚呼

 恨めしや


 我が罪

 人の業

 総て焼き尽くされるまで

 我は夜叉となりて

 我が児を護る


 赤いおべべを着せられない

 悲しみを

 笑いかけてくれない

 切なさを

 今夜も生き血で埋める

 悲しい女

 こんなに哀れな女が

 他にいようか


 恨んでも恨んでも

 恨み切れず

 ただ生き血を求める


 赤いおべべを着た赤児はどこにおる

 わたしのかわいい乳呑み児は

 今夜も母さんが

 おまえの耳元で

 子守唄を歌ってあげる・・・



自由詩 夜叉 Copyright 星月冬灯 2008-09-04 09:01:20
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