雨傷
有邑空玖
雨降りの校庭には
死んだ生徒の霊が出るから
連れて行かれないように
傘は深く差して
声を出してはいけない
理科室の前の廊下は
いつにも増して薄暗く
硝子棚の奥で
骨になったあの子が笑っている
上手く大人に成れなかった
プラスティックの赤い指輪が
まだ薬指で光っている
君を待ち続けているうちに
曖昧に成ってゆくあたしの輪郭
「禁じられた遊び」が
途切れたままのオルゴール
低く垂れ込める雲の果てに
青空があるなんて嘘
雨の日に死んでしまった子供は
天国へ行けないんだよ。
と
無邪気な
戯言も確かな呪いで
図書室の窓から翔び立てないのは
寒い夏に死んだ少年
今も「銀河鉄道の夜」を繰り返し開いては
雨を憎んでいる
薄暗い廊下 薄暗い教室
チカチカと切れかけの蛍光灯
チョークの白 黒板の暗緑
シトシトといつまでも止まない雨
雨降りの校庭には
死んだ生徒の霊が出るから
連れて行かれないように
赤い指輪はポケットに仕舞って
幼い日の約束くらい
大人に成れば忘れられるなんて嘘
初出:朗読イベント「花いちもんめ」にて朗読。
「雨傷」は、イノウエチハルの銅版画集「雨傷」より引用しました。