■老犬へ
千波 一也


我が家(実家)には2匹の犬がいました。

約10年前、
年上だった1匹が亡くなり、

きょう、
もう1匹も、
亡くなりました。


とはいえ、19年も生きたのですから、
長生きもいいところ。

かなりの老犬であったのです。


自分の足では立てなくなって、
寝たきりの生活を、我が家の玄関先で約5ヶ月。

その、
倒れた日というのは、
わたしが妻と籍を入れ、
新たな任地へと出発をした日の午後だったのです。

「やっと所帯をもったか」と、
安心をして倒れたのでしょうか。

たまたまのこと、
とは何故だか思えなくて。


獣医によれば、
ご飯を食べなくなったら1週間しかもたない。
という話だったらしいのですが、
倒れてから約5ヶ月、
ずいぶんと持ちこたえたものです。


わたしが帰省したのは1週間前。

玄関先に横たわる老犬は、
足がやせ細り、弱々しい姿でありました。

が、わたしがさわるとわかるのか、
見えないはずの目を
こちらに向けて
少しだけ
息をあげていました。

しっぽをふる元気は
もうなかったようでした。



「おまえの帰りを待っていたのかもしれないね」と
母のことば。

わたしは
ただただ、からだと頭とを撫でてやりました。



ところで

この犬、
ほんとうはふたごだったのです。


知人から、
わたしが小学4年生だったとき、
おさななじみの友人と、
その兄弟を託されたのでした。

が、
その年に、兄弟は死んでしまいました。

交通事故でした。

とてもかなしい事故でした。

だからわたしは、
子どもながらに、我が家の犬に話しかけました。

「おまえは長生きしなさいね」
と。

首をかしげる犬に向かって
話しかけました。



すっかり老犬になってしまった愛犬を見つめながら、
そんなことを思い出しました。



3日前くらいから、でしょうか。
老犬は、とうとうご飯を食べなくなりました。

「痛みはない、感じない」
という獣医の話だったそうですが、
ハァハァと、
苦しげに重たげに、
老犬は呼吸を繰り返していました。



「長生きしなさいね」

子どもの頃にかけた言葉を、
この犬は忠実に守ったのかもしれません。

でも、
さすがに苦しそうで痛々しい姿の老犬に、

「もう、じゅうぶんだよ。
 帰るのを待っていてくれたんでしょう?
 ながいあいだ、よく頑張ったんだから、
 疲れたら、ねむりなさいね。
 わたしが家にいるうちに、
 ねむりなさいね。」

と、
語りかけました。

昨夜のことでした。



そうして、今朝、
老犬は息を引き取ったのです。

安らかな最期だったのだろう、と
おもいます。

ねむるような格好で、
愛犬は硬くなっていました。




曇天続きだったはずなのに、
めずらしく晴れた、
きょうの日に、

我が家の
最後の愛犬は旅立ちました。

かなしいけれど、
さびしいけれど、

「ありがとう」

そのひとことだけ、
改めて届けたいと思います。

ありがとう、
毛むくじゃら、のムク。

ムクムクとした外見がとても愛らしく、
人なつっこい良犬でした。



泥だらけになってしまった、
いつかの散歩の日のことが、
しぜんと思い起こされる、
とっても晴れたきょうの日でした。



散文(批評随筆小説等) ■老犬へ Copyright 千波 一也 2008-08-14 22:22:32
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