空と魚
木立 悟






音の陰の音たち
ゆうるりと振り向く
何もない場所に
署名はかがやく



落ちそうな首を片手で支え
どうにか眠り
どうにか覚める
音を見るたび さらに傾く

丸い紙やすりが
触れるものもなく鳴っている
曇の魚がひとり 空を覆い
考えないように考えないように泳ぎつづける

水を吐きながら
空の終わりを記しながら
何も考えていないはずなのに
憎しみばかり 悲しみばかり在り響く

おまえはそこを出ることはない
おまえはただそこにいていい
おまえはそこで焼かれてゆく
おまえはおまえのまま炭になる



また消してしまった
また点けてしまった
どこまでも平穏な
枠の内に憩う人々

焼いていい
抱いていい
いつまでも胸に残るのは
粉の大きさのものだけだから

遅れてゆく
山とばすつばさ
海まげるつばさ
遅れてゆく



馴れてはいけない場所に馴れて
(光の渦は光でも渦でもなくまわり)
ひとりはひとりに噛み与える
(去られるばかりなのに笑んで)

笛を聴いている
音の奥にも
かたちの奥にも何もないのに
笛は響きつづけている

もう宝石はないと歌っている
(咽の痛みは消えたり現われたりする)
多くの観客が席を立った
(蒼い光のなか歌だけが夜のままでいる)



陽に褪せて道は消えかけ
わずかな光の線となり
別の光にたなびいて
たなびいてたなびいて消えてゆく

くりかえし濡れ
くりかえし乾き
影はやがて肌になり
街を閉ざす街を滑る



喩えたちが入れない野に
そのままの名はそのままに在り
海へゆくもの 空めぐるもの
草に埋もれた標を照らす



















自由詩 空と魚 Copyright 木立 悟 2008-08-12 19:23:55
notebook Home 戻る