伝書鳩の言伝
セルフレーム

世界平和を願っていた、あの頃の貴方から、

世界平和を知らずにいる、現在の私へ。


伝書鳩の言伝


私の曾祖母は、私が生まれる前に、戦争で亡くなったと、
祖父から聞いたことがある。

曾祖母の顔を、私は見た事がなかった。
祖父の軍人アルバムに写っていた、白黒写真の曾祖母を見るまでは。

後ろに背負った赤子は、おそらく祖父だろう。
笑っている。微笑んでいる。綺麗な、表情。

8月。
祖父は余所行きの服を着て、平和式典へと出掛けていった。
私は一度高校の講習に顔を出し、それから式典へ向かった。

講習で、先生が話していた。
「世界平和は、皆さんがつくっていくものなのです」
私には、意味が分からなかった。

「世界平和」
今は平和なんじゃないの?
この平和は確立されたものなんじゃないの?
それとも今は平和じゃないの?

疑問は、解けなかった。

式典で、たくさんの人達と黙祷をささげた。
式典の帰り、原爆の子の像の前に、祖父と二人で手を合わせた。

祖父は、一言も言わずに立ち上がり、家のある方向へ歩く。

私は、真昼の大空を見上げた。
1匹の鳩が飛んでいく。

足に伝書をのせた、ただの鳩じゃない、伝書鳩。
ぐるりと旋回して、慰霊碑へとまった。
―あれは、曾祖母だ。

こちらを向いて一度微笑んだ。
あれは曾祖母だ。

曾祖母は、ゆっくり鳩を放った。
私の頭上を通過して、像の前で、消えた。
曾祖母の姿も、消えていた。

落とされた言伝を読んだ。
【私たちの世界で、世界平和は、夢のような話でした
でも今の世界ならば、変えてゆけるのです
あなたたちがいるから】

伝書鳩の言伝は、あの頃の人々の想いだったんだ。

真昼の幻は、平和の象徴が運んできた、たった3行ほどの文章だった。
今の世界で、あの頃の夢が、叶えられるだろうか?
―叶えてみせられるだろうか?

この言伝がいつか、「昔の人の理想の世界」になれる日まで。


伝書鳩の言伝



自由詩 伝書鳩の言伝 Copyright セルフレーム 2008-08-09 20:09:23
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