消費されるひと
恋月 ぴの

(1)

掛け声と干物の臭いに押し流されるようにして
昼下がりの賑やかさに身を委ねてみる
所狭しと商品の並んだ店先を覗けば
一見かと値踏みする手練の客あしらいに
思わず半歩後ろへ下がりつつ
心細い財布の紐を殊更に締め上げてしまう

それでも
煩わしい孤独感とは無縁の世界がここに在る
その他大勢に紛れる安逸さと
割り箸に串刺したパイナップルの甘酸っぱさ
そしてアメ屋横丁をガード沿いに歩めば
二木の菓子と徳大寺の境内を右手に見やり
やがて春日通りに突き当たる


(2)

小高い丘の美術館にその絵画は展示されていた
芸術としての尊厳を些かも損なう事無く
空調の整った展示室の良く目立つ位置に飾られていた
昨今の美術ブームとやらの影響なのか
善男男女の行列は途切れる事無く
一端の鑑賞家にでもなった気で連れに解説したり
絵筆のタッチに画家の意思を探ろうとする

そんな一枚の絵画と人々の関わり様を
私はスツールに腰掛け眺めていた
数世紀もの時空を越え
描かれたばかりの鮮やかさで息づく一枚の絵画
そしてその絵画を優れた芸術として鑑賞し
対話を試みようとする人々

たとえ対話が不調に終わったとしても
試みようとした意志は一枚の絵画に生を注ぎ
鑑賞の眼差しはカンバスの裏側まで捉えようとする


(3)

再開発から取り残されたような一角に
その飲み屋はある
「縄のれんには演歌が良く似合う」
そんな定説を覆そうとでもしているのか
軒先のスピーカーから弾き出される大音量のバップ

安酒と黒褐色の腕が叩き出すフォービートのうねり
ジャズとは小難しく向かい合うものでは無く
日没を待ちきれぬ赤ら顔にこそ似合うのかも知れない

至上の愛の旋律が備長炭の煙を震わせ
客が客でいられる最低限のつまみと一杯のひや酒
先ほどの美術館とは直線距離にして数キロと離れぬ場所で
安酒の酔いに身を任せた私がいる

「どこでどう間違えてしまったのだろう」

そんな疑問を差し挟む余地など無い現実があり

そして
心を再び侵しはじめた孤独感から逃れようとして
なけなしの財布から無明の酒に手を伸ばす




自由詩 消費されるひと Copyright 恋月 ぴの 2008-07-30 18:57:32
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