人魚
nonya
乱れたシーツに
打ち上げられたのは
僕だけだった
散らばった鱗を
キレイに片付けた君は
もうコーヒーを香らせている
カーテンから漏れてくる
光の海蛇を蹴飛ばしながら
魚の目で
おはようを言う
たぶん微笑みながら君は
尾鰭で冷蔵庫を閉めたんだろう
その音が
おはように聞こえた
どこかの海底で
お節介なテレヴィジョンが
街の体温を告げている
切れ切れの昨夜の記憶を
どんなに繋いでも
君の名前にならないと
気づいた時
ふいに玄関のドアが
開いて閉まった
湿った残り香を
慌てて掻き分けて
キッチンに辿り着くと
あまりにも正しい朝食が
狭いテーブルの上で
熱くない湯気をたてていた
湿度が80%を超えると
僕の足と意思は
呼吸できなくなるから
君は行くがいい
行っちまえばいい
どうせ
僕の鰓と魚心は
まだ発展途上だし
息継ぎだって
満足にできないんだから