イニシェーション
木屋 亞万


振り返ってはいけない
前がわからなくなってしまう
声を出してもいけない
進んでいる事に
気付かれてしまう
前だけを見つめて
トンネルを抜けるまでは


遠くに小さく見える光
出口にたどり着くまで
後ろの仲間の安否すら
確認できないまま
自分を保つのに手一杯

行きの道程は車だった
トンネルを蛇行しながら
誰ひとり知り合いでない
他人が5人
特に会話らしい会話もなく
一人ひとりが独り言のように
悩み事をつぶやいて
答えるでも聞くでもなく
他の者は頷いているだけ

トンネルを抜けた先に
硝子張りの建物があった
かつては山中に美しく
光り輝いていただろう
大きな窓たちは
ことごとく割れ
割れていない窓も
ひどく曇っている

廊下には硝子の破片
鉄骨ネジ釘トタン屋根
踏み締めて進む
「妻は私を馬鹿にしている」
一人はまだそうつぶやいて
「でも戻ったら再婚するんでしょ」
誰かの何気ない言葉に
「ええ今の妻とまた式を」
と弾けるように笑った
私は始めて人が笑うのを見た
気がした

私たち5人は建物の内部を
何一つ改変することなく
バイクを盗みだして逃げ出した
私たちのうち一人が技師で
その方に長けていたので
素早く盗みだすことができた

トンネルの入り口まで
乗り回していたが
ふと我に返りバイクから降りて
脅威に怯えるように
トンネルを進んだ
帰りのトンネルは長く感じられ
途中一人が別の隊列に紛れ
脇に逸れていくように感じた

別の隊列などいるはずもなく
幻覚の類かもしれないと
前を見据えて出口を目指した
今騒ぐと全員が危ない
幻だと信じて重い足を
前へ前へ進めていく
後ろに仲間の気配はある
大丈夫だ
進め
ススメ

朝もやの立ち込める外に
何とかたどり着いた
帰路と行き道が同じだったか
どうも怪しいところだが
町に帰ってくることができた

我々は4人になっていた
全員いる気がする
誰ひとり欠けていない
最初から4人だった
気がして改めて思い返すと
再婚すると言っていた
あいつがいない

希望を持ったやつが
一番先に呑まれていくんだ
馬鹿野郎
4人で涙を流しながら
引き返す気力はなく
小川の流れる谷にかかる
鉄筋コンクリートの橋を
渡りながら泣いた
畜生と技師がつぶやくと
山の向こうから咆哮が聞こえた

こうして我々は大人になった
何を得るために山に行ったのか
今でもよくわからない
町に帰って我々は
どのような顔をすればいいのか
複雑なものを背後に感じながら
我々は大人になったのだ


自由詩 イニシェーション Copyright 木屋 亞万 2008-07-07 02:19:29
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