村長
吉田ぐんじょう

蝉の抜け殻を
村で一番集めていた村長が死んだ
彼の亡骸は
蝉の抜け殻に埋められるようにして
荼毘に付された

それがみんな燃え終わる前に
新しい村長がやって来た
新しい村長は口ひげを生やした
なんとなく胡散臭い男の人で
笑い顔なんか
ニスを塗ったみたいにぴかぴかしていた
村長は煙の立っている焼き窯の前で
ぴしっと気をつけをしたまま
村の人たちみんなに向かって
命を大事にしましょう
と言った
それが就任の挨拶だった

新しい村長はなんとなく信用ならなくて
蝉の抜け殻も集めないし
何より外車になんか乗っている
わたしも含めて村人たちは
もうみんな一斉にひそひそひやるのに夢中だった

前の村長は古い自転車に乗って
かごにはひったくり防止のゴムをつけて
スポークにテニスボールなんて挟んで
だからとても親しみやすかったんだけれども

そんなだから新しい村長は
いつまで経っても村に馴染めなかった
運動会でも子ども会でも村の寄り合いでも
なにかにつけて
命を大事にしましょう
の一点張りだし
もうそれ飽きたし

そのうち村にある噂がたった
それは新しい村長が
ノイローゼになって自宅で夜な夜な
いろんな虫をいろんな方法で
殺しているというものだった
だから新しい村長の家から出されるごみ袋には
いろんな虫の死骸がぱんぱんに入っていると

そのせいかどうか知らないが
新しい村長はその年の暮れに退任した
最後の挨拶をした新しい村長のスーツには
一面にりんぷんのような粉っぽいものが付着していて
噂はあながち間違いじゃなかったのかもしれない
すれ違うとき青臭いにおいがした

その次の村長は決まらなかったので
とりあえず前の村長の遺影を持ってきて
当分の間それで間に合わせることになった

夏になると前の村長の遺影の前には
蝉の抜け殻がそなえられる
前の村長が乗っていた自転車は
子供たちが
はじめて自転車の練習をするときに使うようになったので
パステルカラーに塗り替えられ
補助輪も付けられた

なんとなく平和な気もするけれど 少し怖い

新しい村長はいま何をしているだろう
案外どこかの昆虫館とかの館長になって
美しい標本をつくることに
精を出しているのかも知れない

誘蛾灯に蛾がぶつかって
ヂッ
といっているのが聞こえる


自由詩 村長 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-06-15 14:21:22
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