ラジカセ
小川 葉

一人暮しする時に
父が大切なラジカセをくれた
買った当時
十万円近い価値のあったラジカセは
時代とともに価値をうしない
それでもあの日ラジカセを
父の部屋ではじめて見た時は
銀色に輝く眩しさと
その巨大さに
僕は父と目を輝かせたものだった

ラジカセは
引越しを重ねるうちに邪魔になり
いつのまにか僕の周囲から消え
いつのまにかラジカセのない暮らしに
慣れていった

帰省したある日
そういえば銀色のラジカセ
まだ使ってるのか
と聞かれて
僕は当然のように
捨ててしまった
と、言った時の父の顔

当たり前のように
いつもそこにあって
今も変わらずここにある
日々の隙間から
風が吹いたはじめての時だった

忘れない
ラジカセにはたくさんの
周波数があって
すぐに合わせられるように
印をつけていた
今はもう聞こえない
思い出は記憶の果てにだけある

父の日
小さなラジカセを父に贈った
覚えてるだろうか
あの銀色の巨大なラジカセを
二人で目を輝かせて見ていたあの一日を

必要なものは
すべて揃ってしまった
欲しいものはなくなってしまった
ただあの日の輝きが欲しくて
父さん
あなたに小さなラジカセを贈った


自由詩 ラジカセ Copyright 小川 葉 2008-06-14 01:36:33
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