街の鳥葬
しろう

コンクリートの地面の穴から断続的に棒状の水を宙に吹き上げる公園。
今の俺には水は必要なかったから、ブランコを揺らしていた。
空中に放り出されそうになるのがこんなにも怖いものだとは、子供の頃はまだ知らなかった。
この街には不似合いな香りでマゼンタのポーチュラカが咲き乱れている。
どこかのバーから流れてくるジャズピアノの間に、遠く電車の車輪の音が挟まった。
通勤車内では心拍を締め付けるような振動なのに、心持ち落ち着くような気がするのが可笑しかった。
「As time goes by」を弾いてくれないかと願ったが、「Mack the knife」みたいな陽気な曲ばかりだった。


彼女は、「不幸じゃなきゃいい絵なんか描けるわけないじゃない」と言った。
俺はそうじゃないと思ったが、言わなかった。
彼女と、壊れた時計がそのままのアトリエを思い浮かべて、
頭の中で白樺の木々の間に黒い羽根を背負った裸婦像の下書きをしていた。
どこにもそんな景色は存在しないから、彼女を求めるのはやめた。
赤く脹れあがったケロイドを、その痛みを忘れずにいることができるから、
俺と彼女は傷つけ合うことを許したのだ。


タバコの吸い殻が足元に八本は転がった頃、噴水の公園を後にした。
消したいのはタバコの火ではなく、無常の世で生き抜くことの虚しさだ。
過ぎゆく人々の顔が、行方不明者の肖像写真のように目に映る。
タフに生き抜くために視線の行方を無くしてしまったようだ。
それが、俺の顔でもあるのだろう。

二ヶ月前、クスリで仕事を失った。
ライトブルーの錠剤は俺を癒やしてくれるわけじゃないと知っても、頼れるものは他にはなかった。
夏が近づいているのを日々感じる。
それでも夜の風は俺の体温を容赦なく奪ってゆく。
毎日十二時間の肉体労働で手にし続けた金も、街に全て奪われた。
黒服の男達の呼び込みの嬌声が耳に障る。いったい何のためにならあんな声が出せるのだろう。

俺は誰かのために歌いたくなった
存在を許すためだけの歌を
夜に許されない人々のための歌を

破れたジーンズと仰々しい金具のブーツが不意にベタつくような重さを持ち、煩わしくなってスクランブル交差点で脱ぎ捨てた。このくらいのことでそう驚く人もいない。
着替えも寝床もない俺は、裏通りの、油の染みついたゴミ捨て場のビニールの間にくるまって寒さだけをしのぐ。会員制のクラブから出されるゴミは独特の、苦くて甘ったるい生姜漬け、いわゆるガリのような匂いがする。夜の女のうなじの匂いだ。
野良猫のように野垂れ死んで、このままこの街で唯一の祭壇で、カラスたちに肉を捧げるのも悪くはないと思った。
人間に食われるほど、落ちぶれちゃいないんだ。







自由詩 街の鳥葬 Copyright しろう 2008-05-28 22:39:54
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