お台所の話
吉田ぐんじょう


小さい頃
コーヒーとは
空色ののみものだと思っていた
すくなくとも
母親が眠れない夜にいつも作ってくれた
ミルクコーヒーは
曇りの日にふと覗く
青空の色をしていた

それなのにどうして今
わたしが一人でいれるコーヒーは
真っ黒い夜の色をしているんだろう

口に含むとさびしい味がする
六月の日曜日に漂う空気の
しめった冷たい味がする


雨の日に
包丁をひとりで研いでいる
砥石は規則正しい擦過音を立て
昔話の山姥のようだ
すっかり研ぎ終わった包丁は
あんまり切れ味がよすぎるので
なんでも切れるようになってしまった
空にかざして振り回してみると
灰色の雲に切れ目ができて
そこから太陽の光が射した


明け方に冷蔵庫をあけると
夜のうちに繁茂した色々な野菜の芽が
オレンジの光の中に絡まりあっている
プラスティックの棚なんか
すっかり無くなってしまって
小さな四角い空間には
どこまでも草原が広がっている
まるで楽園のようである

わたしはそれを見ていたいがために
つい冷蔵庫を開け放してしまう
ついでにハムやりんごも食べる
荒い息を吐きながら

そうしてわたしは冷蔵庫の前で
どんどん大きくなってゆく
下着なんか脱ぎ捨ててしまって
肌色のけもののようになる




自由詩 お台所の話 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-05-03 04:15:27
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