お台所の話
吉田ぐんじょう
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小さい頃
コーヒーとは
空色ののみものだと思っていた
すくなくとも
母親が眠れない夜にいつも作ってくれた
ミルクコーヒーは
曇りの日にふと覗く
青空の色をしていた
それなのにどうして今
わたしが一人でいれるコーヒーは
真っ黒い夜の色をしているんだろう
口に含むとさびしい味がする
六月の日曜日に漂う空気の
しめった冷たい味がする
・
雨の日に
包丁をひとりで研いでいる
砥石は規則正しい擦過音を立て
昔話の山姥のようだ
すっかり研ぎ終わった包丁は
あんまり切れ味がよすぎるので
なんでも切れるようになってしまった
空にかざして振り回してみると
灰色の雲に切れ目ができて
そこから太陽の光が射した
・
明け方に冷蔵庫をあけると
夜のうちに繁茂した色々な野菜の芽が
オレンジの光の中に絡まりあっている
プラスティックの棚なんか
すっかり無くなってしまって
小さな四角い空間には
どこまでも草原が広がっている
まるで楽園のようである
わたしはそれを見ていたいがために
つい冷蔵庫を開け放してしまう
ついでにハムやりんごも食べる
荒い息を吐きながら
そうしてわたしは冷蔵庫の前で
どんどん大きくなってゆく
下着なんか脱ぎ捨ててしまって
肌色のけもののようになる
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