砂になった好きな人
吉田ぐんじょう


わたしの好きなひとの眼の中には
いつでも空がひろがっている
外が雨でも嵐でも
すこんと晴れた青空の眼だ
することが何もない
曇った日曜日なんかには
一日中好きな人の眼を見ている
そうしてそのままねむってしまう
そんな日は必ず夢を見る
鳥になった夢を見る
海だか空だか分からない
ただ一面に青い場所を
どこまでも一人で飛んでゆく
そんな寂しい夢をみる


好きな人はお風呂に入ると
少し膨張した身体で出てくる
身体が水を吸ってしまう体質なのだろう
足首とこめかみを握ってぎゅっとしぼった
そのとき力を入れすぎたようだ
以後 三日経っても一週間経っても
好きな人は薄っぺらでしわしわなまんま
元には戻らないのであった
風に吹かれてふらふらと
出勤してゆく好きな人の背中は
あまりに薄すぎて
背景の電柱や街路樹が透けて見える


好きな人には
一日百回好きと言う
けれどもわたしの好きは
いつもうまく命中しない
好きな人の頬や肩を抜けて
窓ガラスや壁に付着する
そうして
付着した周辺をあとかたもなく溶かす
たぶんわたしの好きは強い酸性なんだと思う
好きな人は
溶けた壁や窓ガラスを見ながら
おびえた顔でわたしを見る


ふと好きな人に飽きたので
何も告げずに旅に出てみた
三日経って帰宅すると
好きな人はさらさらに乾燥して
細かい砂になっていた
ボウルに入れて水で練り
形を整えてただいまと言う
もちろん何も答えない

文句も嘘も言わないから
ますます好きになって困る


自由詩 砂になった好きな人 Copyright 吉田ぐんじょう 2008-04-23 05:07:35
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