読書が下手でも詩が好きさ!
木葉 揺

 詩をやっていこうと思う方は、本来「本を読むこと」が好きな人が多いです。それなりの向上心と努力があれば、関わってゆけるでしょう。
 ところが私は、本を読むのが大変苦手で、特に詩や小説、文学を読むことを不得意としています。苦痛と言っても過言ではありません。しかし、私は文学は違う立場の人間の心を理解する上でかなり重要なもので、それが倫理観につながると思っています。それに、もちろん詩の世界において向上していきたいならば、詩人たちの作品に触れて感性を磨かなければいけないことは理解しています。なので今、少しずつ読み始めているのですが、
やはり「読まなければならない」というプレッシャーにつぶされそうになったり、思うように進まずイライラして、後回しにしてしまったりすることもあります。
 「かーんたんに読めばいいのよ!ななめ読み」
うん、だからそれがデキナイんだって。たぶんそれができるようになるには、冊数をこなしていかねばならず、いつのことやら。。。10年くらいかかるのかしら?なんて、考えると余計苦痛になってきます。たぶん文字を覚えたての幼児のように、記号の意味を確認しながら、一字一句、目を凝らしているんでしょうね。
 「そもそも、じゃあ何で詩がやりたいの?」
何ででしょうね。。。とにかく以前「書かないと死ぬんじゃないか」という大袈裟な言葉が浮かんでました。典型的な「読まないで書くタイプ」でした。殴り書きが出発点ですね。今でこそ、皆さんの前で恥ずかしくない形を時間をかけて考えますが、精神的に余裕が出てきたからです。今でも思考や空想(妄想?)が止まらなくなって、頭がヒートアップして微熱が出てしまうことがあるので、とにかく「アウトプット」するんですね。しかもそういう時って、異様に自分の頭に芽生えた言葉に執着するわけで、芸術に通じていると信じて疑わないんです。そしてクールダウンしたときに修正する。。。
 でも、これってすごく幸福なんです。だって、以前はクールダウンできなかったんだもの。ヒートアップの連続。そんな時に、とてもじゃないけど「インプット」つまり読書なんてできないんです。それこそ「勘弁して〜、頭がいっぱいいっぱいで熱いのー。これ以上何も入れないでー」のような感じです。それで、「書いてばっかりで読まない」という状態になるわけです。そして自然にクールダウンできないのかというとできない!!
急冷却になります。ハイ、お気づきでしょうか?うつ状態です(笑)。読書どころか「何もしたくない」状態。そんな感じで6年ほど、書き殴り生活をしてました。
 おかげさまで今は養ってもらい、全ての予定は自分の思いのままという境遇で、どんどん健康が回復してきて、アップダウンはあるものの、「時間のお金持ち」ゆえの精神的なゆとりがあり、「読書をしていこう」という余裕があります。すーっごい、ゆっくりだけど(笑)
 もともと小説でも映画でもドラマでも感動したら、それに対する執着が強く、すぐに「次」に進む気になれません。ほんと架空の人物ことを一日中考えていたりなんて日が続きます。
ひどいときは日常生活が止まります(爆)そういうのも手伝って、本・・・詩や小説を読むのが遅く、しかも100%くらいの力で読んでる気がします。詩、一編を読んだだけでヘトヘト。なんか感覚的に納得がいかないと次へ進みたくないんですね。たとえ、その先に前から読みたかった詩があっても、頑なに順番どおり読みたい。なんか「とばす」って罪悪感に似た強迫観念があるんですよねー。
 そうそう、「慣れ」の問題だってわかります。料理がそうでした。(独りよがりの)理屈上納得のいかない献立、そして食材のバランスだと、納得のいく理屈が見つかるまで作業は停止していたんですが、今では感覚で納得してます。
きっと読書もそう。だから私は早く読み進めるようになるまで、理屈と戦いながら、ゆっくり納得を重ねていこうと思います。理屈が感覚に溶け込むように。。。

 だって、詩が好きなんだもん。上手に書けるようになりたいもん。スタートは遅かったけど、皆さんの作品からも色々吸収して、成長してゆきたいです。ヨロシク!


散文(批評随筆小説等) 読書が下手でも詩が好きさ! Copyright 木葉 揺 2004-07-04 00:32:49
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