春雨の午後
服部 剛
春雨の降る午後
私は一人傘を差し
無数の蕾が開き始める
桜並木の道を往く
三っつ目の信号を曲がり
学校に沿う坂を下ると
傘を差す
君の母が立っており
喪服の私は頭を下げて
自宅への道をついてゆく
紫と金の布に覆われた
君の骨壷
身に着けていた
黒皮の財布と指輪
写真立てからこちらを見る
スーツ姿の君
細い湯気の昇る
線香の傍らに置いた
私の手紙
座布団に正座して、
瞳を閉じる。
背後から、
啜り泣く母の声
おやすみのところ
ありがとうございます
君の母に見送られ
玄関を出る
薄く色づく桜並木の道から
いつのまに春雨の止んだ
空を見上げる
自ら人生を途中下車した友よ
時に無様な格好で
地上の旅を続ける私は
頭上を吹き渡る風になった君へ
大きく手を振りながら
「 生きる 」
というたった一つの答を伝えようと
これから幾度も
君の名前を呼ぶだろう
今日も駅の入口へ
吸い込まれては吐き出される
まばらな人の間を私は往く
「旅人の木」という
君の遺品の本を入れた
鞄を背負い
顔を持たない街の微笑に
渇いた唇を、噛み締めて
震える拳を、握りしめて