小詩集 朝と夜
嘉村奈緒

それから僕は、冷たい生き物に触れるために
僅かな夜を過ごす
山間の人々は自分達の歌を愛している
その歌を聞きながら一枚の毛布に包まって
パンを小さく千切って食べる
滲む群青に少しずつ泣きながら
彼らの歌を忘れてゆく

群青に死ぬ




*




目に優しくない朝焼けだから
焼けすぎていて ただれた地層がぺしゃんこになった
あれはペリカンの手
白すぎて疎まれた伝説が追い込んだ 有名な雲の比喩
それに続きすぎたトラックから転がる運転手の
なんとも切ない足取りといったら!




*




実直な、あなたから染み出た上澄みを
ただ一片の音をたてることもなく進む足がある
無骨な足が、また一片の音を立ててあなたを打ちつけると
翌日の朝はなんとも表しがたいキイロだった
霧中で
始点と終点を履き違えて進む ただその足は(サイレント
あなた、ただ実直にキイロめいて 流される
それを散らした足は、放射線だと叫ばれた




*




牝馬の整えられた巻き毛を刈り取って
大事に引き出しにしまっておいたら
夜毎に抜け出し妻の布団に潜りこんでいるらしく
あくる日の朝から
妻は牧場へ出かけていっては残された者達の世話に勤しみ
私はどうしても納得が行かずに本も進まなくなった
ゆっくりと私は年老いて
妻はその間もせっせと家と牧場を往復した




*




シチメンチョウの中身はなぜなあに
皮をなめなめ 昼をくりぬいた私たちのガウンのために
お父さんは羽ばっか拾ってくるもんだから
一家で湿疹を起こした時は参ってしまったの
ちょっと待ってよシチメンチョウ
あなたが穴をあけた靴下まだ持っているの
夜になると帳がおりて眠らなくちゃいけない
夜になると帳はおりて眠らなくちゃいけない


(下着は 履かせた ままでいて)




*




あたし、いつも毛布の中で警報だしてる
ヨルは怖いね、アサってば酸っぱいね、
って吐くんだけど山頂だからここ薄くなっちゃって
ぬるいの
ここ、名前がもらえなかった歴史、あたし
ばんざーいって、ヨルもアサもばんざーいって
息くさい景色に横になるの
だって山頂だもの
あれは繭というものだよって蹴られるの
待ってる








 


自由詩 小詩集 朝と夜 Copyright 嘉村奈緒 2008-03-04 23:41:39
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