六月のギター
草野春心



  庇を打つ雨音
  だれもいない夕暮れの本屋
  庇を打つ雨音
  会話はまるで騙し絵のよう
  君は小さく笑っていた
  幸せは哀しみを待っていた



  いくつかの書棚と
  日焼けしきった夢の匂い
  床に散らばった永遠とか虚無とか
  その一握りを
  古惚けた天秤に
  君のふたつの手のひらに



  みんな死んでしまうのよ
  ママもパパも先生も
  人形さんも蜜柑の木もお金も死ぬのよ
  言葉をちぎっては捨て
  捨てては拾いながら君は
  君自身の重みを測ろうとしていた



  庇を打つ雨音
  埃をかぶった時間
  君が蓋をかぶせた
  その思いを盗む決意をした
  突然の猫の鳴き声にぴくりとした
  小さな君の肩を抱いて



  霧雨の中を歩くような
  はじめてのくちづけ
  庇を打つ雨音
  おだやかな衣擦れ
  君の存在感
  月光



  心はわからない
  少しずつページは繰られ
  君の肌も手垢にまみれ
  嘘ばかりが増えてゆく
  そして涙さえ流せなくなる
  きっとそんな日が訪れる



  (今日の日を忘れないで)



  庇を打つ雨音
  湿ったダンボール
  夜の闇には初恋が浮き上がり
  すべての命が息絶えた後に
  君の爪弾くアルペジオが
  いつまでもいつまでも響くだろう



自由詩 六月のギター Copyright 草野春心 2008-01-15 22:48:40
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