鱗音
鴫澤初音

   手首から少しずつ剥がれていく
   鱗が

   ぱらぱらと 床に散っていく 雨が

   降り続いていた

   きらきら している 鱗の欠片が

   降り積もっていく
   私

   息をしていない

   


            立っていたバスルームで
            殴られた痕をゆっくりと撫でていた
            お湯のはらないステンレスのバスタブが
            足に冷たかった あなたは
            言った
           (僕ならやり方を考える)
            私は 言った
           (それは傷を癒せないよ)
            あなたは 吐き出すように言った
           (僕らの傷が癒える時は僕らが死んだとき
            だけだよ なんだそんなことも
            知らなかったの 君は)
            唇を噛んで眼を瞑った
            呆れたあなたが乱暴に髪を掴んで
            頬に頬を擦りつける 優しさに
            
            いつか 幼かったころも今も
            変わらず思っていたこと
            テーブルの角に頭をぶつけるより先に
            その痛みを知っていた
            目頭が熱くなるより先に
            その悲しみをより深く飲み込んで
            咽喉の隙間に落ちていかせた こと

            魚が泳いでいる 穏かに
            いつのまにか 水のはられたバスタブに
            きらきらと 鱗が翻っていた
            幾つも 幾つも蛍光灯に反射して
            美しかった 

            生きている 生きていく その美しさ
            鰭がきれいだった 魚が泳げないことが
            ないように 私も歩いて
            いけるようになるのかなぁ




   眼を瞑っている けれど見えていた地平

   繋がっていく果て 眼を開けても見えなかったものが

   ここにはあって 落ちていく涙や 

   鱗がきらきらと 輝いて それは笑ったあなたの

   口元みたいだった 

   光景がかすんで見えなかった じゃりじゃりと

   鱗を踏んで 私は歩く 歩きたい 

   ぽろぽろと 散っていく鱗が

   床に落ちた鱗にあたって砕ける

   蛍光灯の光でそれは

   きらきら して

   きらきら していて 私

 
                私、


自由詩 鱗音 Copyright 鴫澤初音 2007-12-16 10:48:08
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