イェス=キリスト、山手線に乗る
草野春心



  けさ乗車率120パーセントの山手線に乗ってたら
  五反田か目黒の辺りだったかな
  必死の形相でイェス=キリストが
  閉じかけの扉に体をねじ込んで
  ぼくの隣の吊革につかまったっけ



  あんまり疲れた顔してたから初めは
  彼がイェス=キリストだなんて思わなかった
  茶色い髪はワックスで整えられていたし
  スーツもネクタイも革靴も高価そうだった
  でも他の乗客はみんな自分の事にかまけていて
  彼には目もくれなかった
  ぼくにしたってただその疲れっぷりに見入っただけで
  イェス=キリスト的何かがぼくを惹きつけたんじゃない
  ――とにかく彼はすごく疲れてた



  ぼくはキリスト教のことなんて殆んど無知だから
  彼の死後 彼の思想がどう伝わって
  そしてどんなふうに変化していったのかを
  教えてあげたくても出来なかった
  仕方なく天気や政治や経済やラーメン屋の話をした
  彼は自分の勤め先の不調と
  そこの禿げ頭の社長の傲慢を教えてくれた



  イェス=キリストは会社のある渋谷で降りた
  ぼくも乗換えがあったから一緒に降りた
  仕事に出かける彼の背中は
  誠実で正直でどこか物足りなさそうだった
  ぼくは彼に会ったことを恋人にしか話さなかった



自由詩 イェス=キリスト、山手線に乗る Copyright 草野春心 2007-12-06 00:53:55
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