彼は別れ、変われる。
木屋 亞万

 僕はロボット。少しでも君の人生が豊かになればと未来から送り込まれた、ロボット。君が大人になるまでという約束だったから。僕はもう君の前から消えなければならない。君のためならヒマラヤに咲く青い花を摘んでくることも、月の石を採ってきて君の彫刻を彫る事だってできるよ。もし壊れても修理が出来るし、治らなくても変わりはいくらでもいる。メモリは爆弾も光線も効かないからね、それを取り替えれば良いだけさ。でも僕は壊れることなく仕事ができて、君に別れの言葉を告げようとしているんだ。
 サヨナラ。それは別れの言葉だと、僕の中には組み込まれている。でも、足りない。太陽の火が消えるくらい大きな声で叫んでも、サヨナラだけでは言い足りない。別れは言葉ではなく、逢えなくなることだから。どの言葉をもってしても、すっきりは出来ないのだとポンコツの脳部は割り出した。抱きしめてやりたいけど、それは僕の暴走で、我侭で、幾重にも重なるファイアーウォールが、君を守る目的以外で君を拘束することを拒否する。
 駄目だよ。もうすぐ僕は見えなくなる。涙目は駄目だ。最後にしっかり僕の顔を、積み上げてきた思考を、覚えておいて欲しい。君は僕にすごく甘えてくれたけれど、僕がいなくなれば君は唇を噛みながらも前よりずっと強くなる。そうじゃないと、僕が来た意味が無くなってしまうから、それでは僕が可愛そうだと最初は君は無理に強さを見せるけど。一年も経てば君は、優しさを内に秘めたしなやかな強さを獲得するだろう。いや、これは脳部の予想とか推測とかそんな物ではなくて。この馬鹿な機械の主観がそう言っているんだ。
 あと三分もすれば、君は僕が見えなくなる。お別れだ。少し輪郭が透け始めているだろう。僕はもうすぐこの時代では空気と同じ成分になってしまう。でも死ぬわけじゃない。未来で回収される。君たちの魂だって似たようなもんだろう、これも主観の想像だけど。あと二分。カウントダウンなんて、何か嫌だね、やめるね。挨拶はちゃんとすること。感謝を忘れないこと。なんて遺言みたいか。何を話せばいいんだろう。マニュアルにはサヨナラ、アリガトウ、オセワニナリマシタ、コレカラモガンバッテクダサイってなってるんだけど、せっかく思考が出来るなら、ね。
 とか何とか言ってる間に、もう時が来てしまった。最後に一言だけ、
「君は変われる、もっと、絶対に」


僕が見えなくなっても空気のように、君をいつも見守っている。何か気持ち悪いと思うかもしれないけど、大丈夫。僕にはもう器官は無い。ただ記憶の蓄積が、固まって漂っているに過ぎない。でも忘れないよ。主観は残ってる、思いはずっとある。君の近くを風に巻かれて、君の気持ちをたまに感じるくらいさ。
君は変われる、もっと。絶対に同じ日は無い。君はもう変わっている。昨日いた僕は今日君には見えない。君の環境は変わった。だから今こそ、君も変われ




散文(批評随筆小説等) 彼は別れ、変われる。 Copyright 木屋 亞万 2007-12-01 00:46:00
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