鬼の左手 (3/3)
mizu K


(2/3)http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=140514 のつづきです

もうし、もうし、
この暑いさなか
そこの杖のお方は歩みが難しいのをなぜ歩かれるのか
今日は祭りであるものを
すこし休んで眺めていけばよい/
休むわけにはいきません
それにお祭りといいますがどこにも
担ぎ手はいないではないですか/
おらぬともよいのです
いや、ここにはおらぬといったほうがよいか
よろしければ見えるところにお連れいたしましょう/
いえ、それは、顔を知らぬ人には、/
おやおやなるほど、
それにしても相変わらずちりちり焦がす日です
ときに、水をもらえるところは知りませんか
喉が渇いてしかたないのです/
それ、そこに
陽炎がゆらゆらしておりますが
あなたさまの言うお祭りもそれと似たようなものでしょう
どこに連れていこうとなさりたいのか知りませんが
今日も暑うございます、といって
気がまどうとでもお思いか/

幼子が奇妙な視線で男を眺めます、見間違いか急に背が伸び
たように思われます

その左腕はどうなされた
傷口がそのままなのにまるで
平気な顔をなさっている/
左…さあ、どこか怪我をしておりますか/
はて、おのがことがわからぬというのか
不思議な方じゃ/

幼子、否、娘が男を眺めます、聞き違いか声音もさらに大人
びたように思われます

もうし、なぜ笑っておられるのか/
そなたは
人ではなかろう
ばっさり落とされた傷口から流れるものをそのままに
土を濡らして歩いておるそなたは
人では、ない/
これはこれは、めったなことを申されますと/
鬼か/
だとしたら/

言うが早いか男は娘の腕をむんずとつかんで、目には鬼火が
燃えているような色合い、はたしてその姿も先程とは異質の
ものにて、陽炎の奥のようにゆらゆらとした立ち居、手にし
た女を今にも連れ去ろうとしました、が、ばたりと倒れ伏し

の、ど、が、か…/
炎天にやられて動けぬようになったと思うたか
その傷口から命が流れ出していることに気づかなんだか
枯れる前に腕を取り返さねば
死ぬぞ/

女はしばらく倒れた男を見下ろしていましたが、沈黙したま
まの姿に何か思案している様子、つと、呼び込んでしまった
な、と小さくつぶやき、それから

ならば我から滴りおちるこの汗をやろう/

ひとつぶのしずくが、ぽおんと空から落ちてきて、鬼のまぶ
たに落ちて、それは鬼のまぶたにしみとおり、鬼のひとみを
濡らし、目からあふれさせた、鬼は、おのが左腕をどこに落
としてきたのかやはり覚えていないまま、茫然と水無月の空
を見上げており、まなこからあふれるしずくをぬぐうことが
できないでいたのです

鬼、鬼だ
その本来の姿は
蓑笠を被り、落ち窪んだ眼窩、ぼろぼろの衣、
錆のういた鉄杖、筋張った剛の腕
否、それは果たして異形のものの姿か
都の外をそぞろ歩くものだけの姿か
塀の下に横たわる
それは人の姿を装った鬼ではない
人、ひとだ
人は己が中の深いところに鬼を棲まわせている

思い出した、鬼はあの夜あの刀の男に左をばっさりと切り落
とされて失ったこと、やっと思い出したのです、あかあかく、
あかあかく、大門の柱を、からからに乾いた柱と刀の男の喉
をうるおして、うるおした、うるおしたというのでしょうか、
そうです、うるおしたので、あかく流れるものでうるおした
のであって、それはあたかも夕立ちたる空の光景に酷似して
いたといい、眼窩の窪みからあふれるもの、それはまさしく
雨そのもの、乾き傷ついたものを癒す雨、そのものだったの
です


                  (了)

*m.qyiさんのwebマガジン「the contemporary poetry magazine vol.3」参加作品
http://www.petitelangue.com/CPM3/index.html


自由詩 鬼の左手 (3/3) Copyright mizu K 2007-11-25 19:28:58
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