鳥の国に行ってきました2667
人間


まず 最寄の駅に向かって下さい
そして みどりの窓口で「鳥の国に行きたいんですが」と言えば
ほぼ確実に「え?何ですか?鳥取?」等と聞き返されますので
「”鳥の国”へ行くには、何線に乗れば良いですか」と念を入れて問い詰めれば
「何を仰っているんですか」と こう返されます
ここまで来れば賢明怜悧な読者様なら既にお気付きかと思いますが
肝心な時に限って人様は頼りになりません
それが分かれば充分

つま先ツバメ返し 帰巣本能に手を引かれて
真っ直ぐの帰り道 夕餉の買出しを思い出して
いつものスーパーマーケットに入り
食肉コーナーに差し掛かる途端
風切羽形のヤブニラミに取り囲まれ
死んだ息が
世の底に沈んで
発泡スチロールの地面の上
サランラップの空の下
心許ない細菌と抱き合っている
切り分けられたさみしい鳥とのさもしい空言の遣り取り

 「この首ねじ切り屋め!」
御雄鶏御雌鳥各位の仰る通りで御座います
 「美しければ囲われて!醜ければ撃たれる!無様この様!」
鳴くも鳴かずも鳥に打たれるは美食家のハラと舌鼓 コポポンッてか
 「ふざけんじゃねえ!名前も自由も持たされたって何にもならねえよドボゲ!」
まま 落ち着いて ここは地に足の着いた建設的な放し飼いと行きましょう
 「綺麗に鳴けねえ空も飛べねえが食われる為だけに生まれた覚えなんぞ無えよクソ鬼畜野郎!」
自分だけが不幸だと思ったら大間違いです あ 周りが見えないか 鳥目だから
 「うまいかまずいかだけで!分けられる!我々が!うまいばっかりに!」
そうそう
あなたの体の 苦肉の味が
わたしの舌の 旨みの凹みに
嵌まってしまった
ピタリと
声が
聞こえなくなって
半額シールの裏で鳴いている 油鍋の中で飛んでいる
ダシ汁の底で番っている 強火の上で歌っている
卵には収まりきらない味を孕まされた豊かな鳥の
股を縦に割って 生を横からいただきます
戴いた命は食わねばならない とはいえ有り余る旨み
唇からこぼれ出す 頬が飛び立つ 舌の根がぬめる
やけに人様の役に立つ鳥が妬けるごちそうさま
 「肉を裂く指で自由を描いて!血を吸う口で愛を説いて!」
何故そうするかってえと その方が味があって
 「鈍い舌で殺して!迂闊な頭に閉じ篭って!」
うまい思いをするからに決まっています それだけで
 「貴様らの迂闊で!我等の死活が!」
そのまま 生きる為に死んでくれ

いやあね 実はこのわたしリストラで首を切られまして都落ち
いわゆる敗北と挫折の末に田舎に戻りまして
祖父から父へと代々続く養鶏場『とりのくに』を継いだ訳ですが
雪と薄曇りに挟まれて 僅かな余命と抱き合って
首を切られて落ちたわたしと雪に落ちてる鳥の首 世の底で同じ
次々と鳥の首を切りながら 幼少時の初体験を思い出したりします
その昔 例の彼とは友達でありました
それも冬の鳥小屋で終わったのです
祖父から教わった方法で
ビン入り炭酸水の蓋を開ける時の握り
LPガスボンベのコックを閉める時の力
柔らかい気道を搾る要領で
ゆっくりと
まわして
ねじる
力を込めて
堅くなったら圧し折る餓えから鉈を振る切れた縁から滴る体温
広がる勢力 か細く沈む歴史
オンボロの雪は穴だらけ
無い頭をまわし
切れた首をねじり
節穴の鳥目で見
彼の首が雪の王位について さもしい国政に頭を悩ませ
鳥小屋の民衆は食い繋いで さみしい夜明けを鳴いていました
そのまま 死ぬ為に生きてくれ
とは思わないけれど
このまま ここが鳥の国になれば良かった
とも思わないまま
わたしは人様の役から外れて
発泡スチロールもサランラップも半額シールも
油鍋もダシ汁も強火もビン入り炭酸水もLPガスボンベも鉈も
全て引き連れる首の無い鳥の王になって単独縦横無礙においしく命をいただきます

わたしの首の沈黙に ごちそうさまが沈黙に鎮座した


自由詩 鳥の国に行ってきました2667 Copyright 人間 2007-11-25 04:09:22
notebook Home 戻る