アンテ

                        7 緒

ひどい一日だった
人身事故だとかで
電車のダイヤは大幅に乱れ
バスは三十分接続がなく
諦めて歩きだした途端
夕立ちが来てずぶ濡れになった
書類不備で提出できなかった紙切れは
見事に台無しになり
やっとのことで帰り着くと
家じゅう停電で
シャワーも浴びられなかった
暗やみのなか
膝をかかえて窓にもたれていると
息をするのを忘れそうになる
雨はやんだのだろうか
とても静かだ

プロバイダと解約して
サイトを閉鎖した
庭の柿の木のそば
黒猫を埋めたあたりから草が芽を出した
カーテンを洗濯した
夜 表を走る車の振動で
目が覚めるようになった
スーパーへ買い物に行こうとして
道に迷った

時々
身体のなかをなにかが流れる音がする
耳のうしろのあたりに
鼓動を感じる
姿勢を変えると
床がきしむ
へそのおの「お」って
緒なのね 尾っぽじゃないのね
魂をつなぐもの
なのよ
だれかが笑う
あたしは成美と本当に繋がっていたのだろうか
母親は胎盤を捨てて
また別の命を産む
痕跡が残るのは
子供だけだ
どんな子にも母親がいるのだと
忘れないための印
跡などなくても
繋がりをいつでも感じられる
それが母親なのだ
と思いたい

久しぶりに
ツキくんのところへ行こうか
成美の父親なのだから
きっと
写真の一枚くらいもっているはず
定期購読の星の雑誌も
ずいぶんたまったし
でも 今
どの国にいるのだろう
星がきれいな
設備の整った観測所をめがけて
ネットで検索すれば
きっとすぐに

帰ってきてほしいの
理由が知りたいの
どっちなの

自分のことだけ考えていれば
だれにも関わらなければ
なにも感じなくてもやっていけるの

逆なの

電話が鳴っている
空気がひび割れて
欠片になって
あたり一面に散らばる
だれだろう
いいえ
どうしてだろう
身体に呼び鈴が浸透して
今やあたしは
電話機そのものになる
もしもし
回線がつながる
もしもし
ノイズ
が耳障りな
音の繰り返しが不規則に

息をしなければ
ああでも
なんて嫌な声
なにを叫んでいるのだろう
息を吸う
声が止む

あたしの声
なの

ぷつっ
と回線が切れる
ノイズが途絶える
目を開けると
明かりが付いている
蛍光灯が
ちちち
かすかに音をたてている

どこか遠くで
犬が鳴いている



                          連詩 観覧車



未詩・独白Copyright アンテ 2007-11-06 00:01:51
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