書店にて
石畑由紀子

自動ドア
が開いた途端もうなにも聞こえなくなるくらい饒舌の坩堝なのだった
新参者が特等席でハバをきかせている
いたるところで人が出逢い
魅了され きつく絡み合い 約束を交わし 駆け引きをし 嫉妬して 別れ 忘れられず
犯人を追い 追われ 脅迫し 秘密を知って殺されかける
あぁ、と嘆き いぃ、と喘ぎ うぅ、と唸り えぇ、と頷き おぉ、と歓喜する
窓際では二週間分のターンテーブルがその見どころを伝え
人気のブティックホテルを調査し
血液型を知りたがり噂話に花を咲かせる
いたるところで人がすれ違い
話し相手を探し 愛してくれる人を探し 金を探し 自分を探す
ねずみ算式に増え続ける癒し系
ゴーストを使って次々にカミングアウトしてゆく芸能人
壁の設置棚では電車の発車時刻を知らせ 街までの道のりを知らせ
祝儀袋にいくら包めばいいかをアドバイスし
昨夜見た夢を教えろと身を乗り出し
宗教はそれぞれ唯一の神を説きはじめる
ともに平積みされシカトを決めあう女性カリスマ作家
村上はもう一人の村上にこの羊男はオレのじゃないから戻れと文句を言い
チーズとバターは他愛なくケンカを続け
彼女は息子を彼女の表紙でアルバムのごとくその成長を披露し
写真家はフィルターの使い方とトリミングに得意気で
音楽家は自らの旋律に酔いしれて溜息をつき
詩人は早く朗読してくれとせがんでいる
背表紙が色褪せ始めた無名の小説家は店の片隅で
早く見つけて欲しいと願っている
早く見つけてくれと叫んでいる
早く気づいてくれと




    気まぐれに、
手にとった一冊の単行本からポタポタと滴がしたたり
私のスカートを濡らしてゆく
それは著者の自意識と想いの深さなのかも知れず
私はこれを棚に戻そうかどうか
  迷っている


その迷いもすぐにかき消される 私は未だ見ぬ大量の活字の波に飲み込まれる




(2002.03)



自由詩 書店にて Copyright 石畑由紀子 2004-06-09 21:52:34
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