「 暖炉の炎 」
服部 剛
「 あさって帰る、戸締り頼む。」
親父の書いた太い字の
メモはテーブルに置かれ
日頃にぎやかな
家族みんなは婆ちゃんの
米寿の祝いで熱海に行って
ひっそりとした家の中
背後に夜想曲を聴きながら
ランプの灯りの下
本を開いて
一日を過ごす
( 今頃君も
( 独りの夜に身を置いて
( 危うい頬杖をついている
時折駅のホームで
寂しさに
押し潰されそうになる君が
実家の電話番号を押す
安堵の気持が
今夜の僕にはよくわかる
先日痛めた腰も快復し
明日からぼくは職場に戻り
胸の暖炉に静かな炎を燃やし
うつむく老婆の許へ往く
ぎっくり腰で蹲り
立てなくなった日のぼくを
かわるがわるに現われて
介護した同僚達の
いくつもの手のあるほうへ
ぼくは歩いてゆくだろう