よく判らないけどうまくない気分と幸か不幸かはたぶん関係がない
ホロウ・シカエルボク




長いことほったらかしていた
自転車のハンドルとサドルを拭いて
空っぽのタイヤに空気入れ
寒くなりはじめた街に
長袖でくり出す

鮮やかな白と紺が
入り混じる通学路
生徒達は各々に
夏と冬のあいだを遊んでる
そんな風に泳げる時間を
どこかで信じていてください

古い商店街の手前で
小さな図書館の置き場を借りて
そこからは歩いた
気の早い果物屋の
歳末セールの準備
ミック・ジャガーのベストと
おしりかじり虫が並んでるCDショップ
文房具屋では
いつのものか判らない色褪せた月野うさぎの小さな旗
誰かの無垢がその裏で化石になる
公衆電話から思い出の彼女に電話をかけたくなる
むかし
ガンダムを買いに通った店はシャッターを下ろしている
トイザラスには僕らのノスタルジアは陳列していない

いつからだろう
ぽっかり空いた時間を怖いと思うようになったのは

老若男女が東京メトロのように方々へ舳先を向ける
昭和40年代のお粗末なアーケイド
もしもそれが日々を受け止める巧妙なシステムなら
どんな判断の元にか判らないが僕は排除されている
缶のサイダーを飲む手が震えた

『そこから逃げ出せ』こころの声を頼りに
陶器屋の横道から細い路地へ入った
迷路のような住宅街へ続く路地
27年ほどむかしそこで
平々凡々なサラリーマンが通り魔に刺されて死んだ
その後10分後に僕はそこを歩いていたんだ
二車線の道路を隔てた向かいの歩道を
あのときもしもあちら側を歩いていたとしたら、なんて
あれこれ考えてもしかたがないことだけど

住宅街が終り
小学校の壁に行き着く手前に
結構仲の良かった友達が住んでいた
父親が仕事で失敗したとかで
五年生だか六年生だかのときに突然居なくなった
よく晴れた日曜日の午前
子供がまたがる消防車を残して
殺人のように空っぽになった馴染みの玄関口
その家ももうなくなった
雑音を気にするやつにはとても住めなさそうな
安普請のハイツがひとつ建っているだけ
郵便受けの名札を見ても
心当たりのある名前は書いてなかった
小学校の正門へ回って
別の通りから図書館まで戻った

新しい本屋まで出向いて一時間と少し
買うまでもない雑誌を立ち読みして部屋に戻った
コンビニによることを忘れていたけど
何かが欲しいわけじゃなかった
手のひらがざらついたので
洗面所で丁寧に洗った
たぶんほこりにまみれた自転車のグリップ

よく判らないけどうまくない気分と
幸か不幸かはたぶん関係がなくて
そりゃどちらかに出来た方が楽かもしれないけど
そんなものこねくりまわしたってきっと意味など無いのだ

今年の暮れには年賀葉書でも書いてみようか
卒業アルバムを漁って
顔と名前を見ても少しも思い出せない相手にばかり
彼等はきっと
僕がおかしな宗教にでも入ったのだと考えるだろう
一番感じてくれそうな奴のところへ
イカレた調子で電話でもかけてみようか
『ねえ、実はさ…』

ローカル情報番組の小細工を見ながら早めの夕食
もしかあとで飢えたら
ジャンクフードでも食べに行けばいいさ
ハンバーガーと計画的に利用するATMは
都合の悪い時間というものを設定してない

テレビで甲状腺の病気の解説をする肝臓が悪そうなドクターを見ながら
ふと幼いころの通り魔のことを思い出す
あのとき歩道には血がついていただろうか
そこで人が死んだという
明確なものを僕は何か眼にしたのだろうか…?




自由詩 よく判らないけどうまくない気分と幸か不幸かはたぶん関係がない Copyright ホロウ・シカエルボク 2007-10-26 22:53:34
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