海の彼を、泳ぐ
山中 烏流
(彼の手によってもたらされる気持ちの悪さは、少なからず私の子宮辺りで産声を上げていた。
それらは私が芯から疼く度に鼓動を募らせるのだが、しかし、その心臓である彼の脳髄には私についての全てが記録されていない。
今、彼の罪を受け止める私は、そういった経緯に於いてすべからくミユキなのである。)
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紅を引くように/柔らかく
指を這わすことを
彼の口は
魚だ、と言って
零れ落ちる様々を
鱗に変えて、しまった
途端
したたかに伸びている
私の両の脚は
揺らめく尾びれへと
退化を認め
呼吸の片鱗は
瞬く間に
小さな気泡となり
彼はそれを見て
やはり、魚だ、と
頷いている
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(小さく蠢く私の内壁を押し上げるそれは、私の内側だけを限りなく白へと引き上げていく。
ミユキ、と呼ばれる度に増す気持ちの悪さが、今の私を構成する断片の中で一番透明であり重厚だ。
しかし、彼は気が付いているのだろうか。その唇がミユキ、と叫んだ時にだけ、私の顔を見ているということを。)
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寄せた耳を
貝殻、だと言う
海の彼の中で
私は緩やかに
水掻きの存在を、
認める
水彩のようだ、と
呟いた私に
そっと
投げ掛ける/突き刺す
視線の色が、一番
水彩のようで
彼が知るのは
肌の滑りと
耳から流れる
波のさざめきと、
それから
水面の、揺らめきくらいだ
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(彼は海であり、また海が彼であることを、私だけが知っていることを誰が知っているのだろうか。
胎動を繰り返した彼は、小さな死を迎えたその時でさえ、私の顔を見れないでいることも、だ。
逸らした目線の色を、もう私は水彩に例えられないでいる。彼も同じように、もう私を魚へと還すことはできないのだから。)
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小さな気泡が
現れては、弾けて
それらは小さく
呪詛を吐いたあと
子宮の辺りへと、
息を潜めた
耳鳴りのように、/響く
波の音が
少なからず私を
海の彼の中で
泳ぎ回る魚の姿に
留めている、のかも
しれない
彼の、私である
ミユキは
もしかして
そこで泳ぎ続ける
魚に
なったのだ、ろうか
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(私の様々を摘み取った海の彼を、それでも私は、未だに泳ぎ続けている。