「 文人になるという夢 」 
服部 剛

 今、僕が書こうと思っていることは、個人的なことである故、 
この手紙を読んでくれる方の中で、僕に親しみを感じる人がいれ
ば、その人に、僕が最近考えている本音をそっと打ち明け、何か
思うことがあれば助言をいただければありがたいと思い、この深
夜に、一通の手紙を書いている。 

 僕は老人ホームで勤めて八年半になるが、お年寄りと共に歩む
日々はかけがえのないものと思う。それと同時に、最近は、只同
じような日々の繰り返しを味気なく過ごしている自分を感じ始め
ている。「今のままの自分でいいのだろうか・・・」そんな思い
が時折胸に過ぎるのである。 

 本来、人は「本当の自分」を生きるためにこの世に産声を上げ
るのだと思う。「福祉」も僕にとって切り離せるものではないが、
最近は、「一度、慣れてしまった今の日常を切り離したところに、
もっと別の生き方と可能性があるのではないか・・・?」という
気がするのである。 

 今日は休みであったが、夜は会議の為、職場に行った。会議中、
僕はいつになく静かにテーブルの端に座っていたのは、最近のそ
んな心境もあるからだったのであろう。僕は、一人の男として、
福祉の世界で上に立つ人間とは、思えない気がしている。出世を
してスーツを着るよりも、お年寄りと共に歩むのが自分の姿であ
る。だから、今のまま現場のお年寄りの傍らにいる日々を数十年
積み重ねてゆくのも一つの道であろう。その一方で、今日の会議
が終わった後、僕は夜の大船駅近辺の賑やかな店が並ぶ道から、
明かりの消えた道に入る頃、「ある思い」が心に浮かんで来るの
を感じた。それは、もしかしたら僕が敬愛する、今は亡き文人が
若き日に留学の為、異国へと渡航する船中で、夜の海をみつめな
がら胸に湧いてきた決意と似ているものかもしれない。 

( 私は、この手に握る一本のペンで、この人生を生きたい ) 

 その胸の奥から湧いて来た思いが( 本当の声 )であるかどう
か、今の僕にはまだわからない。だが、その声は( 私は文人に
なりたい)と言っているのが聞こえる。 

 今は亡き、私が敬愛する文人がこの世に置いていった踏み石を、
私は無駄にせず踏む者となりたい。天にいるその人の、弟子にな
りたい。 

 私には心から信頼している「ある人」がいる。その人に手紙を
書いて、今夜ここに書いた、人生の岐路についての助言を私は乞
いたいと考えている。そして、その「ある人」からの答が、天が
私に望んでいる道と信じ、今後の指針としたい。 

 今と変わらぬ日々を積み重ね、福祉の道を進むのか、文学とい
う未知の海に飛び込み、ペン一本で勝負する日々が来るのか、今
はまだわからない。いずれにしても、文学も福祉も、私にとって
は切り離せぬものであり、わたしは天に与えられた道を歩むのみ
である。








未詩・独白 「 文人になるという夢 」  Copyright 服部 剛 2007-10-18 04:07:22
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