夕凪ノスタルジア
山中 烏流

僕の右手が
何度も触れようとした、空の隅っこは
夕凪に吹かれて
いつも少しだけめくれていたのを
僕は、微かに覚えている。
 
 
その話を
黙って聞いていた君が
急に、眠りにつくだなんて
言ったりしたものだから。
 
僕は、夕凪に飛び込むための台を
君が眠るよりも少しだけ早く
探しに行かなくては、ならなくなった。
 
 
透明な空の向こうで
知る筈もない誰かが
高々と松明を掲げているからこそ、
あの夕日が見えるのだ、と。
 
そうして、
君か僕がそう言ったその数分後には
知らない青年の溜め息で
その松明は消えてしまうのだ、と。
 
 
結末を知りながら、僕が口を
ゆっくりと結び直したことを。
 
君は見ないふりをして、
髪の毛をくるくるといじりながら
大丈夫、とでも言うように
微笑んでいる。
 
 
世界の裏側から、吹き上げてくる
二人だけの夕凪に包まれながら
全く同じ瞬間に
眠れたならいいのに。
 
やはり君はそれを
聞いていないような瞳で、
そう呟いた僕の唇だけを
ただじっと、見詰めている。
 
 
松明が、吹き消された視界に
君の呼吸だけが
色を持って存在することを、
僕は君に
話すべきなのだろうか。
 
 
月光が射す頃になって、たった一言
帰りたいだけなのだ、と
ようやく君は口を開くから
僕たちは今日もまた
抱き合って泣いてしまった。
 
僕の右手はまだ、
震える君の手を握っている。


自由詩 夕凪ノスタルジア Copyright 山中 烏流 2007-10-08 16:13:52
notebook Home 戻る