誰かのことばかり考えている
吉田ぐんじょう



口に酸素を含んでから
目を閉じて
美しい光景を思い浮かべる

すると酸素は舌の上で
ばらの味の二酸化炭素へ変わる

誰かがわたしに口づけしたときに
いい気持ちにれなるよう

常日頃からわたしは
美しい光景ばかり
思い描いて生きている



かかとの高い靴は
なるべく履かないことにしている

目の前で誰かが転んだら
すぐに駆け寄ってやれるように

又は
誰かがいじめられていたら
即座に鮮やかなかかと落としを
いじめっ子の脳天に
きめられるように

かかとの低い靴は
あまり恰好のよいものではないが

目の前の人も守れないで
何が女だろう

そういう気持ちでわたしは今日も
短い脚をせわしく交差させ
こころもち猫背のまま
歩いてゆく



誰かに褒めてもらいたいが為に
庭に植物を植えた

何という名前だか知らないが
今朝るり色の美しい花が咲いた

だけど
待てども待てども
誰も通り掛からない

誰でもいいから
きれいだね

ひとこと
言ってくれさえしたらいいのに

それだけでわたしは
この上なく満足するのに

三日経っても誰ひとり
庭の前を通り掛からなかった

仕方が無いので花を手折って
雑踏の中に立ち尽くしてみたものの
人は辺りを行き過ぎるばかりで
誰もなんにも言ってくれない

夕暮れて
花は枯れてしまい
茶色い死骸のようになってしまった
そのままわたしはしおしおと
電車に乗って帰宅した

からっぽの庭が待つ家へ



誰かが困ったときの為に
わたしはバッグにいろんなものを詰める

手巾
ちり紙
チョコレート
がむ
方位磁針
東京都の地図
地下鉄路線図
時刻表
単三電池
鉛筆削り
修正液
三色ボールペン
裁縫セット
虫刺され軟膏
ばんそうこ

バッグは
まるで旅にでも出るかのように
膨れ上がり
踏ん張らないと持ち上がらない

わたしはよろよろと外へ出て
サンタクロースみたいな恰好で
歩いて五分のコンビニへ向かった

入った瞬間
財布を忘れたことに気付いた



静かな夜には
誰かを傷つけていやしないか
不安になってしまう

自分ではそのつもりがなくとも
誰かを傷つけてしまうことって
結構あるから

わたしは布団の中で
まんじりともせずに
誰かのことを考える

そうしてたいてい
そのまま朝を迎える
だから
翌日は常に寝不足だ

秋の夜長は特に辛い

そのことを考えると
今からため息がでる



ある日不意に気付いたのだが
わたしはいつも一人だった

歩くのも
たべるのも
ねむるのも
うたうのも

昔から一人だったし
多分これからも一人なんだろう

ならば
誰かなんていないのだ

誰かのことを考えるのなんて
まるきり無駄なことかもしれない

そう思って
靴を脱ぎ捨て
ばら味の二酸化炭素を吐き出し
庭に植えた植物を抜き
バッグを置き去りにして
出掛けてみた

自由だった
身が軽かった

だけれど
ひどく寂しかった
死にそうなくらい寂しかった

だからわたしはやっぱり
誰かのことを考えながら
生きてゆくことにした

わたしが欲しいのは
たすけるべき誰か
ではなく
誰かをたすけられる強さを持った自分
だからだ

そうしてわたしはうろうろと
今日も誰かを探して歩く

庭には新しくばらを植えた
今が盛りとばかりに咲いたばらは
風に揺られて
すこやかにわらっている




自由詩 誰かのことばかり考えている Copyright 吉田ぐんじょう 2007-09-14 11:36:01
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