パラドックス
榊 慧
夢を見た。
胡蝶の夢ならぬ、夢なのか、現実なのか、区別のつかない夢を見た。
彼は、夢の中で、花を喰らっていた。
何かの為に、必死に、花を喰っていた。
いつかその花に、喰われてしまえばいいと、傍らでぼんやりと思っていた。
嗚呼。
泣きたいと、思った。
多分、そんなことは無理だ。
人の感情は負から成り立っていると語ったのは、どこのどいつだったか。
人は欲望を理性で抑え、感情を理論に変換し、取り繕って生きている。
「愚かだな」
どこかで、低い、よく透る声がそう一蹴した。
そう、愚かなんだ、人は。
それでも、自分の化け物に喰われない様に、必死になる様は、美しいとは思わない?
僕は思う。
「愚かなのは君だ。」
そんなこと、すでに分かっているよ。
それこそが美しいと、頭脳ばかり働く誰かは、知らない。
パラドックスこそが、人を輝かせ、不幸こそが人を愛す。
それ故に、人は生来マゾヒストであると、思う。
この静謐が、たまらなく好きだ。
好きだと、頭は告げている。
相反する、衝動を押さえ込めれば、の感情だけれど。
どこかで聞いた。
『桜が美しい桜色なのは、人の生血を吸って美しい桜色をつけるからだ。』
たまらなく、
たまらなく、
何かを、壊したくなる。
そう思う自分こそが、壊れているのだろう。
強く、誰よりも強くありたい。
けれど時折、上を見上げる。
僕を狙って振り落ちる、花を見上げるのだ。
手を伸ばし、手折ろうとして、手を下ろす。
時々、何故か、
たまらなく、
たまらなく、
泣きたく、なる。
泣きたくなるんだ。
涙なんて出ないのにも関わらず。
認められなくて、それでも捨てきれない自分の戒めとして。