夕暮れの光景の彼方から
前田ふむふむ

二十歳の黒髪のような、
ブルックリン橋から、曙橋を繋ぐ空が、
未踏の朝焼けを浴びてから、
青く剥落して、雨は降ることを拒絶した。
とりどりの青さを、さらに青く波打って、
空は、傘を持たずに、
わたしの携帯電話のなかで、
高さのない生涯を息づいている。

あすの空模様が気になり、
コンパクトな世界史のドアを開けると、
天気図の停滞前線が、遠巻きに眺める、
ゆるやかな等圧線の空が、残響を靡かせて、
夏の追認を吐きつづけている。

水晶のような葬列を横切った、真率な声が、
静かな未明にはじまり、
やがて、子供のように草のなかに
朽ち果てていった、
線の途切れた時刻を抱きながら。

・ ・・・・・

二週間分の薬をもらって、病院をでる。
無機質な感覚が、全身を覆い、
行き交う人々は、形而上学を操る言葉を吐いて、
わたしに、答えられない質問をしているようで、
機械のように、決められた道をとおり、
一目散に、家路をかけた。
山がたくさんあった。
川は、一途にひかりを放っていた。
海も、顔の違う姿をみせて、引き出しの多さを、
誇示しているようだった。

白昼をつくる太陽が、
器用に、わたしの置き場所を、
小さな採光だけが届く、輪のなかに収めて、
落ち着いた安らぎをあたえてくれていたが、
やがて、絶え間ない孤独が、沸きあがり、

耐え切れずに、
街頭のやわらかい喧噪に浸るために、
窓をあけて、心臓の高まりを、
あしたの希望へと接続していった。

わたしは、新しい服を着て、新しい革靴を履いて、
見慣れていて、顔がわかる、
透明な硝子つくりの街を追い越して、
あらかた、透けているような人並みを潜り抜けると、
切りたつように、
眩しいブルックリン橋が、あらわれた。

嘗て、不毛な検閲がおこなわれた、蛇行の道を辿り、
わたしは、歩幅を伸ばして、橋梁をわたる。
風が切るように吹いて、懐かしい匂いとともに、
東京方面と、断続的に、
大きく書かれた道路標識を追いかける。
時代が要求した、
もっとも、適切な姿勢を保って。

目線を、遠く後方にやれば、
遅れている流線型の麓が、夕暮れを芳しく、
焚きこむあたりに、
わたしの笑顔が、上を向いていた頃、
もえる眼差しが純度を高めていた、
木箱のような東京の高層ビルの灯りが、
夢のように見える。
やや、木々は赤みを帯びてきている。
時間を巻き込みながら、
胸を突く衝動に駆られて、――
      かなしみが口から溢れてくる。


「君は、まだですか。」






自由詩 夕暮れの光景の彼方から Copyright 前田ふむふむ 2007-09-14 00:48:15
notebook Home 戻る  過去 未来