花について三つの断章
前田ふむふむ

   1

真っ直ぐな群衆の視線のような泉が、
滾々と湧き出している、
清流を跨いで、
わたしの耳のなかに見える橋は、精悍なひかりの起伏を、
静かなオルゴールのように流れた。
橋はひとつ流れると、
橋はひとつ生まれて、
絶え間なく、うすく翳を引いて、
川岸に繋がれた。
度々、橋が風の軽やかな靴音を鳴らして、
街のあしもとで囁いていると、
あなたは、雪の結晶のように聡明な純度で、
橋のうえから、
ひきつめられたアスファルトの灼熱のまなざしを指差して、

「砕かれた石の冷たさは、一筆書きの空と同じ色をしていた。」
(人は言うだろう、
(過去が、垂直の心拍を一度だけ、
小さな掌ににぎる、あまのがわをめざした。と、

それに飽きると、ときには、暑さをしのぐ、
陽炎のような風鈴を並べて、
わたしを、
赤い蜜月の夢のなかで浮かぶ、しなやかな欄干に誘う。

誘われる儘に、橋を渡ろうとすると、
あなたは、冬に切り出した花崗岩の巨石を積んだ、
瓦礫船を横切らせる。
取り分け、翼のように広がる波は、
いっしんに、みずおとを、わたしの胸に刻み付けるが、
一度も、波たつことはなく、
悠揚な川は、すでに、みずがないのだ。

ふるえながら、戸惑っていると、
乾いた頁が剥がれて、題名を空白にした詩行の群が、
交錯する河口の風のように、
わたしを吹きつける。
心地よい、湿り気が聴こえる。

あれは、熱望だったのかもしれない。
針のように胸を刺した、約束だったかもしれない。

フクジュソウの花が、
わたしの身体を足元から蔽い、
一面、狂おしく咲いている。

  2

愁色の日差しが川面を刺すように伸びて、
眩しく侵食された山を、
父の遺影を抱えてのぼった。
その抱えた腕のなかで、
わたしが知る父の人生が溢れて、
暖かい熱狂と、冷たい雨のようなふるえが、
降下する。
滲む眼のなかに、黒く塗りつぶした、
五つの笑顔を束ねれば、
遺影に冷たいわたしの手が、やわらかく
喰いこんでくる。

青い空は、望まれなくても、
そこにあった。
望まれたとしても。――

季節を間違えた向日葵の群生が、
右に倣い、左に倣い、
つぎつぎと、花を咲かせている。

   3

落陽を忘れて、――
青い空。
朝顔の蔓が、空をめざす、
   生をめざす、死をめざす。
本能をほどいて、十二の星の河を渡る間に、
抑えられない曲線をのばして、
石の思想を弓のように折り、
狂うように、
シンメトリーの道徳的な空白を埋めている。
やがて、若さを燃やし尽くして、
流れる血が凍るとき、
底辺だけの図形的な土に馴染み、
跡形もなく、身体をかくす。それは――、
植物は、人の欲望に似ている。

朽ちていった夕暮れのような終焉も、
すべてを見届けて、飛び立つ梟も、
ふたたび、朝の陽光とともに佇む、黎明が、
いっせいに芽吹くとき、
渇望する書架の夢は、途切れることなく、
みずのにおう循環を、
永遠のなかで描いているのだ。

その成り立ちに、死という通過点は、
あの稜線に沿って放つ、
ひかりの前では、一瞬の感傷なのだろうか。

花壇が均等に刈られた家では、
喪中を熔かして、
家族が死を乗り越える午後に、
鳥さえも号哭して、
すべてのあり方が、過去のなかの始まりを見据えている。

その行為は、死者のために有るのでは無い。
――説明的な文脈がすぎる。

庭――。
勢い良く若さを空に向けている
あかみどりのつらなりに、
白い波が、断定の傷を引く。
椿、金木犀、さざんかの木が包帯を巻きながら、
    包帯を切る、訃報の鋏は、
庭のすべてのときを繋いでいる。

新しい空に向けて、
気高くりんどうが、一輪、生まれた。





自由詩 花について三つの断章 Copyright 前田ふむふむ 2007-10-01 01:10:12
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