死ねない日。
大西 チハル


朝、とても慌てていて
とにかく、慌てていて
うっかり捨てそびれていた
穴のあいたパンツをはいてきてしまった。

気がついた時には
私の体は宙に舞っていて
遠くで
誰かの叫ぶ声がして
家族と友達と恋人と
なんでだか
はじめての男までが笑っていて

いや、もう、そんなことはどうでもよくて
痛みも感じないんだけど

私を助けに来てくれた
救急車の人やお医者さんに
私の穴のあいたパンツを発見されるくらいなら
死んだ方がマシだ。

ん?

いや、死んではだめだ。
死ねない。
今日だけは死ねない。

もし、今日死んでしまったら
私の最後は
「穴のあいたパンツをはいていて事故にあったかわいそうな女」
となってしまう。

恋人は「穴のあいたパンツをはいていて事故にあったかわいそうな女の彼氏」になってしまうし
父親は「穴のあいたパンツをはいていて事故にあったかわいそうな女の親父」になってしまうし
母親にしてみれば「あの時私が捨てていれば」と後追いしかねない。

死ねない。
今日だけは死ねません。
今日でなければもういつでもいいです。


神様、
明日、とっておきのパンツで出直させて下さい。




自由詩 死ねない日。 Copyright 大西 チハル 2004-05-31 11:11:16
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