イナゴ
渦巻二三五

わたしは新参者だから
とにかくにっこりと会釈する
「こんにちは」
と声をかける
するとにっこり
が返ってくる
けれどもそれは
返ってくるばかりで
声をかけるのはいつもわたし

それでもふいに葱をくれたりする

道の向こうからやってきた人に
にっこり
こちらが挨拶すると
「あんた、これあげようか。ほう。たくさんとれたから」
使い古したコンビニエンスストアの袋
に、イナゴ

イナゴをくれることもあるのか

生きてますね。
「生きてるさあ。ほぅ。今とってきたとこだから」
かかげた袋がもぞもぞ動く
「このまま置いておけばいいよ」
はあ。それで。
「ふんを出すから」
そうでしょうねぇ。
「なんだ、知らないんだね」

「袋ごとじゃっと湯につけるんだよ」
お鍋に入れるんですか。
「上から湯をかけてもいいよ。袋を開けたら飛び出るからね」
あっはっはあと笑う
わたしも笑う
「死んだら洗って」
シンダラワラッテと聞こえてしまう

わたしにはできない
が、ついつい聞いてしまう

「脚のさきっぽのところは取るんだよ。ほう、ここんとこ…」
イナゴをつまみ出そうとする
ああ、はい。脚の先ですね、わかります、わかります。
(まだ袋に入っていて姿は見えないが、たくさんの脚)

あの、こんなに、わたし。
「そうだね、あんたんちは二人だから
少しでいいね?」

うちの人が。
と、つい口に出た
イナゴだめなんです。

こんなときは便利に夫を言い訳にする
ふ、とおばさんが笑った
「ああ、そうかい」
すみません。
あっはっはあ、だめかい。
と笑って
「じゃあ、またなぁ」
と去って行った
(あしたには甘辛く煮られるイナゴ)

もしかしたら
からかわれたのかもしれない
いやいや、そうではない
そうではないのだ

いつからか、
夕方には
「おかえり」
と声をかけられるようになって
そんなときは
ちょっぴり恥ずかしくもあり
踏み入ってしまった場所を見回してしまう

ちょっと奥さん、これ持ってかない?
と呼び止められたら
リンゴだった
ということもある
よくある
キズついて市場へ出せないリンゴ(ハネ出し)
が、ダンボール箱いっぱいになって
(どこの家でも)
冬のあいだじゅうそれを食べて過ごします





          
初出:一九九六年八月一日 @nifty 詩のフォーラム




自由詩 イナゴ Copyright 渦巻二三五 2007-09-10 13:31:52
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