命と6g
rabbitfighter
ひとつの手記がある。
戦時中、理性を失った科学者がある実験を行った。
はじめに彼が用意したのは巨大な体重計だった。
その体重計の外観はベッドのようで、大人一人が楽々横になれる大きさがあった。
ベットと違うのは体を拘束するための皮ひもをくくりつけるための金物が
左右に四つずつ取り付けられ、それらは人の肩、腹、腰、膝を押さえつけることが出来た。
後にその金物はそれぞれの側に三つずつ増やされた。
さまざまな身長の人間に対応するために。
実験器具の製造には現地の人間が徴用された。
大工をしていたという男が作ったそれは申し分の無いものだったらしい。
実験の手順は単純で、以下の通り。
イ、裸にした実験体を体重計の上に拘束する。
ロ、その時点の重量を零とする。
ハ、実験体の首にかけられた紐を助手二名で左右に引く。
二、実験体が窒息死した後の体重を量る。
ところが何度か試した後、この方法にはいくつか欠陥があることが判明した。
まず紐を締めると実験体が激しく抵抗をする。
そのとき消費される体力や汗などの不確定要素が高い。
それから絞殺の場合、糞尿などの体液が体から出てきてしまう。
そして紐を締めるという行為が残酷に過ぎると助手から苦情が出た。
そこで彼は同僚の同意を得、新しく開発された毒ガスを使う方法に変えたらしい。
ガスの重量自体は実験結果にほとんど影響を与えないだろうと考えたようだ。
実験体には事欠かなかった。
老若男女あらゆる人たちが裸にされ、拘束された。
結果は奇妙なものだった。
人は死ぬと、6gだけ軽くなる。
生まれたての赤ん坊も、骨と皮だけの老人も。
猿や犬で同様の実験を行ったが、それらの動物に体重の変化は見られなかったようだ。
6gとは、煙草六本分にほぼ等しい。
手記の最後には、次の研究でその6gの原因を探るつもりだと記されている。
しかしそれは終に研究されなかった。
戦争が終わり、平和な時代がやってきたのだ。
男は戦後、製薬会社に勤務し取締役にまでなった。
引退後、家族に看取られてなくなったそうだ。
遺品の中にこの手記も残されていた。
大げさな戒名のついた男の墓前に立って思うことがある。
果たしてこの男の命にも、6gの何かが宿る場所があったのだろうか。
甚だ疑問である。