。が打てない僕がまた、を打つ日

君の、何だか灼けにオヤジ臭い微笑い方が
ポーカーフェイスのこの僕に見事に感染したのはそう、あの夏が終わり随分と時間が経ってからだった。
会社の上司に、年の割に老けているだとか破棄がないだとか、そんなことばかり罵られるのは一向に構わなかったけれど、微笑い方を突っ込まれるのは仕方がないと思えど何だか相当気分が良くなかった。

君が僕に遺した物、切り取ったページを捲るように僕は所構わず、どんな話にでも笑う、笑う、笑う。
昔、電子レンジみたいに暑いだけで他は何もないあの角部屋で転がって僕と君はよく、植物や猫や本の話をした。
大抵、僕は漱石を盾に頷くだけで、君は力尽きるまで実質独りで笑い、喋った。
旗から見れば、可なり変な光景だ。
だけれど、こうした僕らの日常の攻防戦は、地球に害を及ぼさないというところで至極、優しかった。



君がふと睡りについてからというもの、月夜の晩は時代錯誤の双子みたいに記憶が無意識に、指先が君を模倣させる。
影絵が好きだった君。
ただ一つ違うのは、僕の狐はいつも溜息を吐いていると言う事だ。
子供の振りした掌に、染み着いた焦燥。
そうして暫くベランダに出ていると、雨に濡れた洗濯物が風に吹かれて揺れる。
僕はそれを合図に独り、部屋に戻り文庫本を開いた儘、少し遅れて死んだように睡る。

夢の中の白い蝶は、僕を置いて深い闇の中に姿を眩ました。



未詩・独白 。が打てない僕がまた、を打つ日 Copyright  2007-09-04 23:24:44
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