失意(望郷)

艦を降りた
降りてから数週間が経って、僕は何も変わらない
ホッと出来た反面、逃げ出したかのような
背中の角度が、そんな居心地の悪さを証明している
不必要なほどに、窮屈に歪んだ作業服の皺
綺麗にアイロンをかければかけるほど
繊維の滑らかな照りが、鏡に見えて仕方が無い

降りた直後には、補充部
一週間後、会計科に配属された
これから先、僕は
ここで一体、何がしたいんだろう


鬱状態から来る無口は、後遺症として残ったらしい
只でさえ、人との接触を避けていたのだから
かけてくれる、皆の笑顔が良く解らなくて
気が付けば、無意識に人の目を覗く癖を憶えた
若い女性事務官は敏感に察知し、それを薄気味悪がる
当然だろう
僕だって、


週末、市民交流の祭りが隊の基地内で催されていて
僕は役員に当たってなかったので、その日は客だった
ソースの味のしない焼きそばをもさもさと口に運びながら
一人、椅子に座って音楽隊の演奏を見つめていた
会計科の皆は、海軍カレーを売っていた
隅っこで作業していた、一番とっつき易そうな先輩海曹に
軽く会釈をして、早々にその場から立ち去った
皆、同じ目をしているから

その先輩海曹は子供もいる女性の人で
席が、僕の向かいなので 余計に目を合わせる機会が多い
どこかで見たことのある目をしている
あれは幼い頃 保育所の先生が、僕を見ていた時の目だ
この世には2種類の目しか存在しない
右の目と、左の目



下宿で飲む酒は、孤独を倍増させる手段に切り替わる
つまりは耐性が出来あがってきているのだ、確実に
この頃は急激に酒太りし始めてるようで
体重は変わらないのに、臍の窪み具合が際立ってきた

定まらない視点、泳がせている
明日は当直だ
あの、先輩海曹と一緒に時間を潰す事になる
それでも

きっと、いつもより安らぐだろう
そして僕は、きっと






艦を降りた時点で、理解していたんだ
確かに僕は溥儀になった事、
どうせなら
映画、パピヨンのラストシーンを模してみるのもいい
でも結局は その直前を見送った
ダスティン・ホフマンこそ、僕なのだろう


祭りの帰り際に、警備艇での湾内周遊を勧められた
最大20人収容の船内客室には、僕と家族連れの5人だけ
ビニールシートの臭いで船酔いしそうになり、外に出た
足元に広がる、黒い波
僕は天草四郎じゃないから、ここを歩いて行けないんだ
当たり前のことなのに、とても悲しくなった
溺れる自分を想像してみた
とても、無様だった





                        (2003/07/21)


自由詩 失意(望郷) Copyright  2004-05-30 00:43:02
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