北へ南へ
楠木理沙

自転車に乗って走り出したときに浮かんだのは 北へ向かうということ
人は逃げるときに北へ向かうものだと誰かが言っていた
それが本当かどうかは分からない
ただ 僕は北に向かおうと思ったし 向かっている いまはそれだけだ
引き出しから盗んだ財布には福沢諭吉と夏目漱石
一人と二枚の逃避行 
一体どこまで行けるだろう


手の感覚はなくなっていた
寒さのせいだろうか 長年の労働といえない労働のせいだろうか
この子の手も いずれそうなるのだろうか 
いや それだけはさせない
家を飛び出して頭に浮かんだのは 南へ向かうということ
北を抜け出す それだけが私たちの生きる道なのだから
乾燥した食料を服の裏に詰め込んだ それだけだ
国境を越える可能性は限りなく低い
抜け出したところで 南の国は私たちを受け入れてくれるだろうか
見つかった途端 強制的に戻されるかもしれない
一体どこまで行けるだろう



自由詩 北へ南へ Copyright 楠木理沙 2007-08-27 09:43:44
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