On Error Resume Next
ケンディ

Yahoo! Deutschlandを開いてみた。
ある顔写真が飛び込んできた。現在黙秘権を行使している殺人容疑者だ。この男は丸一日逃走し、線路に飛び込んで自殺を図った。命に別状はなかった。担当医によればまだ事情聴取を受けられる段階にないという。現在警察の厳戒監視の下、病院にて治療中だが、彼が移動できるまでに回復したあかつきは、拘束治療院に護送される見通し。
この男、ウーヴェ・Kは、9歳のミーチャに性的虐待をして、おぼれさせて殺害した疑いをかけられている。ライプツィヒの自宅倉庫からミーチャの死体が発見された。
以下のことを細心の注意を払いながら実行すること。この写真の顔をしばし見つめること。この病的なまなざし。ミーチャへの性欲。野蛮げな輪郭。それとは逆に気弱さを漂わせる眉の角度。俯瞰すること。眉毛の裏側に盛り上がる筋肉・眼球・輪郭の総和を、俯瞰すること。顔を構成しているパーツたちの有機的連関のシステムがかもし出してくる、カモミール・ティーをイメージすること。少女への欲動、そして甘酸っぱくてほほえましい幼げな悲恋。これらを嵐のように混ぜ合わせたこのモジュールのグロテスクな心象風景を、一瞬だけイメージしてみること。
そうすると現れてくる。フランク・ステラの作品が。あの混沌のサーキット・シリーズが。ステラの絵は色調がピンクや鮮烈な青が多い。黒もあるが。しかしウーヴェ・Kの心象風景は限りなく透明に近い暗闇だ。沈鬱な透明。タナトスとともに。
 何故に透明か?そして何故に暗闇なのか?
これに答えるには、私の思いをここに述べておく必要がある。
私は思う。機械の機械による機械のための機械。これがどこかに存在している。私は恐怖そして憧憬の念をもってこれをイメージしてみる。そのユートピアがあるのだと。透明、そして暗闇とは、このユートピアを指し示す隠喩ツールなのだ。どこかにあるメニューバーをクリックして探せば、きっとあるのだ。もう一度言おう。透明/暗闇は‐機械の‐機械‐に‐よる‐機械の‐ための‐機械‐という‐ユートピアを‐謎めいた‐微笑で‐指し‐示す‐アレゴリー‐デバイス‐だ。だから透明や暗闇は、むしろ透明‐機械、暗闇‐機械として捉えておいたほうが、より私のイメージに近いのだ。
 さらに以下のことを述べておく必要がある。私の持論では、サイコ、殺人鬼たちの心象風景の描写は、完全に不可能だ。そして我々人類は、全員が何かしらのサイコである。それゆえに我々人間の誰一人をとっても、その心を、情念を、描ききることはできない。人は言った。「心の闇」と。あなたのその心にもある。存在する無だ。機能する無だ。
 機械の機械による機械のための機械――心の透明な暗闇は、これを悲しげな微笑で覗き込もうとする。不気味な混沌のコードであるウーヴェのモジュールも、これを一心に覗き込もうとし、あの謎のまなざしで指し示そうとしてきた。何度もエラーを起こし、コードは中断されるのだが。そしてウーヴェは、何度も構文エラーと論理エラーを終わりなく繰り返し続けた。生きたのだ。エラーを反復する生-機械。ウーヴェは特殊だろうか?
生(life)は、そこにいる男がサイコであろうが善人であろうが、そのプログラム実行ボタンを押し続けるシステム・ユーザーにすぎない。これも単純作動する機械だ。それゆえに生-機械ということだ。我々は生を賛嘆する。だが生は、単なる実行ボタンを押し続けるという不自然な作業に過ぎない。何度でもプログラムはエラーを繰り返す。
我々は幼い頃、感情を記録する手続きプログラムだった。幼児期にほぼ感情記憶パフォーマンスは完了する。その後、教育デバイスによって長時間かけていろいろなソフトが我々のプログラムにインストールされる。その間、同時に我々に内在するプログラムはデバッグとバッファリングを繰り返す。その間に私たちが得る鮮烈な感覚がある。果てしなさだ。そして教育制度という大量生産ラインから、迅速に工場出荷されて発注元へと輸送される。この過程で完了した感情というのは、複雑なコードに沿いながら複数のモジュールを行き来する情報処理にすぎない。そしてモジュールを検索しながら「怒る」、「悲しむ」などのプロジェクトをコードどおりに実行している。ウーヴェ・Kのプログラム・コードは、記録ミスを起こした。構文エラーを起こし続け、何度も何度も彼はデバッグを反復したのだ。だがバグは取り除けなかった。彼はいくつかのコード—-精虫注入プロジェクトと法律コードと少女への愛情コード-―を混濁させた修復困難なモジュールを持っていて、それを反復させたにすぎない。最後に彼は「エラー時も以下のプログラムを実行せよ」(On Error Resume Next)をコードのいたるところに入力してしまった。



散文(批評随筆小説等) On Error Resume Next Copyright ケンディ 2007-08-13 20:06:18
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